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2023.03.29

椎橋寛『岩元先輩ノ推薦』第6巻 内臓なき毒男と彼らの愛の物語

 怪奇現象の陰に潜む能力者たちを、陸軍のエリート養成学校・栖鳳中学校に「推薦」する岩元先輩の戦いを描く本作、この巻で描かれるのは奇怪な「毒男」との対決であります。女学院で噂される奇怪な毒男――内臓を持たないというこの怪人の真偽とは、そして岩元との因縁とは……

 聖導女学院で発生した集団食中毒事件に駆り出された岩元や奥秋ら、栖鳳中学の面々。わざわざ彼らが出動するということは、この事件の陰には、能力者の存在があるということにほかなりませんが――彼らが追うのは、この数年、各地の女学校で発生している同様の事件を引き起こすという「毒男」だったのであります。

 その名の通り毒を操る能力者であり、かつて軍の施設で解剖され、内臓を失いながらも蘇生して脱走したといわれる毒男。少女の血を求めるといわれるこの毒男が女学校に潜入し、被害を広めていると睨んだ岩元たちですが、毒男の決め手である内臓の有無を確認するためには、服の下を確かめなければいけません。
 さすがに女学生の服の下を確認するわけにもいきませんが、岩元には何としても毒男を見つけたいという理由がありました。そしてそんな中、岩元は同性をも惹きつける妖しげな美少女・瑠璃と出会うのですが……


 これまで、一話完結の短編エピソードと、一巻丸ごと使っての長編エピソードが入り混じってきた本作ですが、この巻はその後者のスタイルとなります。

 第四巻の箱男に続き今回は毒男と、怪奇人間シリーズという印象もありますが、今回の毒男は、かつて軍の実験で内臓を奪われた者が徘徊しているという、何とも不気味な、都市伝説めいた存在。しかし奇妙なのはその被害が女学校ばかりで起きているということであって――そこから、毒男が少女の姿で入り込んでいるのでは? と、倒錯的なシチュエーションに繋がっていくのが、実に本作らしいと感じます。

 そして岩元の前に「容疑者」というべき少女・瑠璃が出現、どう見ても彼女が毒男としか思えないと思いきや、調査が進むにつれて意外な、そして奇怪な真実が判明し――と、物語が進むほどに、逆に事態が混迷の度合いを深めていくのも実に面白い。
 特に終盤で描かれる一種のどんでん返しにはギョッとさせられるのですが、それがまた、物語に新たな色彩を変えていくのには唸らされます。


 こうして描かれる物語は、毒男自身の過去を語るものでもあります。そう、今までのエピソードと同様に、岩元自身は狂言回しであり、登場する能力者――ここでは毒男こそがこの巻の物語の主人公であることが、やがて明らかになっていくのです。

 体内で毒物を生み出す家系に生まれ、その能力故に己の毒で己を蝕み、命を落とした毒男。しかし軍の施設で解剖されたことがきっかけで蘇生、脱走した彼は、逃げ込んだ先である人物と出会うことになります。
 孤独であった彼にとって、初めての存在であるその人物との出会いが、彼に、そして物語に何をもたらしたのか――それは伏せますが、ここで描かれた奇怪な愛の姿は、やがて結末に至りもう一段昇華され、さらなる愛の物語へと変貌を遂げることになるのです。

 能力者は人間なのか、怪物なのか? それは本作の初めから幾度となく描かれてきた問いですが、その最も痛切な答えが、ここにはあるといえるでしょう。

 そして、作中でその問いに最も答えを求めてきた人物である岩元と毒男の間には、実は一つの因縁があることが示されます。いや、それはむしろ、岩元がこの「先輩」に対して一方的に感じているものなのですが――だからこそ彼が毒男を追い、そして彼らを救おうとする想いには説得力があります。
 その果てに彼が見たものは、大いなる悲劇であると同時に、一種の救いではなかったのか――そんなことを感じた次第です。


 時に奇想天外な能力バトルを描く一方で、耽美的な怪奇の世界を、そして能力者たちの背負う孤独を描いてきた本作ですが、この巻はその魅力が、特に色濃く出ているといってよいでしょう。
 はたして次なる巻ではどのようなスタイルで、どのような能力者の物語が描かれるのか――期待して待つとしましょう。


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