たみ『ムザンエ 吉原地獄絵巻』第1巻 吉原の底の底で女絵師が燃やす復讐の炎
これまで数々の時代漫画を発表してきたたみ&富沢義彦の新作は、これまでの作品とはうって変わったタッチの、ヘビーでダークな復讐劇――「吉原地獄絵巻」のサブタイトルに相応しい物語であります。吉原の底の底で絵を描く女・鉄。彼女が心に秘めた強い怒りの向かう先は……
時は1813年、江戸の吉原――その中でも行き場のない異国の女郎を責め苛むのを売り物にする異人楼で、新入りの若い衆・四郎が出会った女・鉄。彼女は女郎の子として生まれながらも、絵の巧みさから客を取らずに絵で食っている風変わりな女でした。
その翌日、鉄が絵を描いていた女郎・ヒナギクが喉を切り裂かれた無惨な姿で発見され、下手人として疑われる鉄。前日行動を共にしていた四郎の証言で責め問いは避けられた鉄ですが、やがて異人楼の女郎が再び奇怪な死を遂げることになります。
鉄がかつて棲んでいた離れに描いた、無惨な絵図――彼女がまだ幼い頃に、客の余興で彼女の母と姉が焼き殺された有様を描き記した絵。そこに描かれた者たちが次々と死んでいくのは、鉄が手を下しているのか? やがて四郎が知る真相とは……
華やかな光と漆黒の闇が入り交じった歓楽街・吉原――その吉原を舞台とした物語は古今無数にありますが、その中でも本作の異人楼ほど、陰惨かつ無惨な舞台はないのではないでしょうか。
身請けされるはずもない、足抜けする先もない、そんな異人の女郎が集められ、客の望むままにショーとして弄ばれる――本作はそんな異人楼で生まれ、愛する者たちを殺された女・鉄と、まだ駆け出しの若い衆・四郎を中心に描かれる、時代サイコサスペンスとでもいうべき作品であります。
本作の作画者であるたみは、原作者の富沢義彦とは長年コンビを組む間柄。時代ものだけでも『さんばか』『クロボーズ』『ブレイガール』等がありますが――基本的には明るく健康的な「お色気」を描いてきた(『クロボーズ』はまた異なりますが)印象があります。
しかし本作は「明るく健康的」とはむしろ正反対の作風――登場人物のほとんどは悪人か異常者かその両方という世界で展開される物語は、復讐という、本質的には何のプラスにならない――マイナスを埋め戻すことはあっても――行為のやり切れなさを、生々しく描き出します。
それでいて、読んでいられなくなる寸前で踏みとどまっているのは、作画者の持つ本質的に華やかでコケティッシュな絵柄によるとも思えますが――それ以上に、「黒い炎」とでも形容したくなるような鉄の持つ異様な生命力・気迫が、物語に不思議な勢いを与えていると感じられます。
(もっとも、過去編で復讐の対象となる描写が欠けているように見える者がいたり、何故このタイミングで物語が動き出したかがわかりにくかったりと、ちょっと引っかかるところも、なきにしもあらずなのですが……)
そしてまた見逃せないのは、どれだけ大きく飛躍したようにみえても、きっちりと史実に絡めた物語を描いてみせる、原作者の富沢義彦らしい、仕掛けの数々であります。
表の世界から大きく離れた場を舞台とする本作ではそれは難しいのでは――と思いきや、この巻のラスト二話で怒濤の勢いで描かれる史実とのリンクは、そうきたか! とテンションが上がりっぱなし。
そして最後の最後に明かされた本当の仇の正体とは――いやはや、この先、どうすれば復讐を果たすことができるのかと、大いに気になるばかりであります。
是非ともこの続きを読みたい――より大掛かりで壮絶なものになるであろう鉄の復讐行の結末を見届けたいと、心より思います(個人的には、設定年代と黒幕の没年にかなり差があるのが気になるところですが……)
なお、本書の巻末には本作のパイロット版でもある短編「辰女 浮世絵人情絵巻」を収録。本作の主人公像は、今にして思うと明るい鉄、あり得たかもしれないもう一人の鉄という感もあり、これはこれで興味深いものがあります。
『ムザンエ 吉原地獄絵巻』第1巻(たみ&富沢義彦 日本文芸社ニチブンコミックス) Amazon
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