青池保子『ケルン市警オド』 中世ドイツの刑事ドラマ!? 『修道士ファルコ』スピンオフ
『修道士ファルコ』で主人公の頼もしい兄弟として活躍した修道士オドの過去、俗世での姿を描くスピンオフ作品であります。14世紀のドイツ有数の大都市ケルンで法と秩序を守る警吏、オドことオドアケル・ショルツが数々の難事件に挑む中で、様々な人間模様を目撃することになります。
豪商・都市貴族・富裕層からなる市参事会が運営する自由都市であり、3万人の住民が暮らすケルンの秩序維持のために置かれた市警――警視とその下に置かれた警吏たち。主人公オドは、法律家の父の跡を継ぐべく大学で学んだものの、現場での活動を選んで警吏になった青年であります。
正義感が強く真面目で勤勉、若きエースと目されるオドですが、相手の身分や地位に関係なく発揮されるその正義感は、時に市長や警視の悩みの種ともなります。
今日も、モグリの娼家に市の有力者の息子たちが客となっていた証拠を掴んだオドを現場から引き離すため、行方不明になった大商人の使用人探しを命じた警視。不承不承任務に就いたオドは、ボンとの境にある山奥の僧院に向かうのですか、そこで思わぬ窮地に陥ることに……
『修道士ファルコ』では、施療院で働くファルコの先輩修道士として登場、警吏という前歴を活かし、昔取った杵柄で謎解きや荒事の際に活躍したオド。本作で描かれるのは、その出家前に、彼がケルンで出会った数々の事件であります。
今のところ第六巻まで刊行されている本作ですが、基本的に単行本一冊で(三・四巻のみ二冊で一話)一つの事件を描く連作スタイルです。上で挙げた第一巻の後にも、
・少年の死体に事件性を感じて捜査するオドが、横暴な古参貴族の庭の奥にトリカブトの群生を発見、それが思わぬ悲劇に発展していく第二巻
・大貿易商の邸宅で、血縁者の連続殺人事件が発生。かつてクサンテンの町で船火事で亡くなったとされる当主の長男の復讐が囁かれる中、調査に向かったオドと少年楽士に危機が迫る第三・四巻
・七年前の迷宮入りの強盗殺人・美女に騙されて身ぐるみ剥がされた医者・浮浪者を標的とした連続殺人という三つの事件が交錯する第五巻
・先代亡き後、後妻一族に乗っ取られようとしている名門貴族の当主が失踪、かつて一門ゆかりの「赤い橋の館」で起きたという事件にオドが挑む第六巻
と、様々な事件が描かれることになります。
基本的にはいずれの事件も、ミステリ、あるいは一種の刑事ドラマというべき内容ですが、それぞれがこの時代、この舞台ならではのものとなっているのが、やはり本作ならではの魅力というべきでしょう。
特に科学捜査というものなどない時代、オドが当時の知識層である修道僧の薬草等の知識を借りて、事件を分析、謎に迫っていくのに感心させられます(中でも第二巻の殺人のトリックは見事といえるでしょう)。
また、あらすじを見ればわかるように、本作では特に貴族の家中で起きる事件が多く描かれることになります。その事件の内容はもちろんのこと、本来であれば市警が立ち入ることが困難な舞台で、いかにオドが正義を貫くか――その点も大いに気になるところであります。
そして、これはまだ作中で明確にはなっていないところではありますが、例えば先に触れた修道士から薬草の知識を学ぶ点は、彼のその後の姿を思わせるものがありますし、法の正義だけでは裁けない事件の存在が、彼の心境に影響を与えてことは間違いないでしょう。
特にある事件において哀しい復讐鬼と対峙した後の彼の述懐――「ならば君の代わりに私が神に許しを願ってやるよ」「君の魂が救われるように神に祈ろう」「神に祈るだけが私に出来る事だ――」は、後の彼が何を想って神に祈っているのかを窺わせるように感じられます。
と、そんなシリアスな面も存分にありつつ、随所に散りばめられたユーモアや、オドを取り巻く個性的なキャラクター(特に好奇心旺盛なカイ修道士、随所でオドを助ける物乞いの元締め・物乞い番長の存在が楽しい)など、硬軟取り混ぜた内容の面白さはさすがに作者ならではというべきでしょう。
約六年間で単行本六冊と、決してペースが早いわけではなく、またその間は『修道士ファルコ』が中断されているのが気になるところではありますが――しかしいずれにせよ、まだまだオドの活躍に触れていたいというのも、正直なところであります。
『ケルン市警オド』(青池保子 秋田書店プリンセス・コミックス 第1-6巻) Amazon
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