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2023.03.14

町田とし子『紅灯のハンタマルヤ』第3巻 フェートン号事件と吸血鬼の蜂起 太夫最後の戦い?

 19世紀初頭の長崎を舞台に、怪異の血を引く三人の禿とともに怪異を討つ長崎奉行所の怪異改役の戦いを描く時代伝奇アクションの最終巻であります。クライマックスに至り物語は史実と大きくリンク、フェートン号事件で長崎が騒然とする中、密かに長崎に潜伏していた吸血鬼たちが一斉蜂起することに……

 江戸時代で唯一異国に開かれた街・長崎で、人を害する怪異退治を任とする長崎奉行所の怪異改役・相模壮次郎。表の顔は丸山遊郭の花魁、実は強大な吸血鬼の王である菊花太夫と、それぞれ怪異の血を引く雛あられ・清・こもれびの三人の禿と協力し、これまで彼は戦い続けてきました。
 そんな中、壮次郎は長崎の中にかなりの数のキリシタンが潜伏している一方で、怪異たちもまた潜伏していることを知ることになります。上司からは見てみぬふりをするように促される壮次郎ですが――ある事件の勃発により、彼らはその事実を否応なしに直視させられることになります。

 その事件とはフェートン号事件――イギリスの軍艦・フェートン号が長崎湾に侵入、敵対する立場にあったオランダ商館員二人を捕らえ、日本に食料等を要求した出来事です。
 フェートン号の行動に対して、日本側では鍋島藩が長崎警護の兵を減らしていたために、規定の十分の一の兵力しかない状況でこれに十分に対応できず――という、後の異国船打払令にも繋がっていく、江戸時代の外交史上に残る大事件ですが――しかし本作においては、全く別の意味を持つのです。

 外国船の侵入に対して、全く打つ手を持たない幕府――いや人間たちに対して、市中に潜伏していた吸血鬼たちが蜂起。菊花太夫を王として戴き、長崎に吸血鬼の国を作らんと動き出したのであります。そしてその手は既に長崎奉行所にも及び、奉行も既に吸血鬼に殺され、すり替わられていたのです。
 もちろん、これまで人間と怪異の共存に心を砕いてきた菊花太夫が吸血鬼たちの求めを肯うはずがなく、たちまち始まる激しい死闘。その一方で、奉行所で戦う壮次郎を助けに行こうとする禿たちに対しても、菊花太夫はこれを実力で制止しようとするのでした。

 長崎の市内で、そして奉行所内で繰り広げられる怪異と怪異、人間と怪異の死闘において、はたして生き残るのは誰なのか。そしてそこに何が残されるのか……


 これまで、江戸時代の長崎という特殊な土地を物語の背景とし、前巻では浦上崩れという史実を過去において描いた本作ですが、この巻ではフェートン号事件という史実の真っ只中で物語が展開することになります。

 この事件と並行して、長崎の存亡に関わる戦いが、というのは、まさにクライマックスに相応しい展開。前巻で描かれた潜伏キリシタン、そして潜伏怪異というべき者たちの存在が、ここで活きてくるかと驚かされます。
 その一方で、この戦いの中で、菊花太夫の過去も語られることになります。大いに伝奇的なその内容にも目を奪われますが、しかしここで印象に残るのは、彼女がこれほどまでに人間と怪異の共存に拘る理由と、その理由故に、彼女が同胞を失っていく――彼女自身の手でその命を奪っていく――という、強烈な皮肉であります。

 これまでも、人間と怪異の共存のためであれば、時に禿の記憶を、いや命さえも奪うことを躊躇わなかった太夫。ここで描かれた戦いは、その太夫の姿が行き着くところまで行き着いたものではあります。
 その一方で、太夫に逆らい、傷を負ってまで壮次郎を救わんとする禿たちの姿は、そんな太夫の生き方とは対照的といえるかもしれません。しかし太夫と禿たちと、一体どちらが正しいかったのか――壮次郎と禿たちを待つ未来が希望に満ちたものとばかりは、これまでの物語を見ても容易に想像できるところではあります。

 しかし、それでもなお、それぞれの想いを矯めることなく、そしてその想い故に多様な出自の者たちが支え合い、理解し合おうとすることができるかもしれない――そう願うこと、信じることは、決して悪いことでも誤ったことでもないのでしょう。美しすぎる理想かもしれませんが、本作の結末からは、そんなことを感じさせられるのです。


 ちなみに、完結に当たり冒頭から読み返してみると、本作には細かいところで色々な伏線があると気付かされます。この巻で明かされる壮次郎の出自には相当驚かされましたが、しかしある意味第一話での描写も伏線であったか、と感心させられたところです。
 ただ、×××の人間が長崎奉行所の同心になるのはちょっと苦しいように思いますが――ここは彼の出自故に抜擢されたと思うべきでしょうか。
(第二巻のおまけページにあったように、この時期に江戸から同心が来る自体が一種のファンタジーだとすればなおさら……)


『紅灯のハンタマルヤ』第3巻(町田とし子 講談社シリウスKC) Amazon

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