楠桂『鬼切丸伝』第17巻 深すぎる愛が生み出した鬼たちの姿
本伝と連載期間ではほぼ並び、単行本の巻数もあと少しで並ぶ『鬼切丸伝』第17巻の登場です。いつ終わるとも知れぬ旅を続ける鬼切丸の少年が今回出会うのは、深すぎる愛が生み出した鬼たちの姿であります。
この世で唯一鬼を斬ることができる神器名剣・鬼切丸を振るう少年を描く連作シリーズである本作では、これまで様々な時代、様々な場所で鬼切丸を振るう少年を姿を描いてきました。そんな中でもこの巻では、なかなかユニークな趣向のエピソードが全3話5回構成で描かれます。
まず冒頭の前後編「伽婢子鬼縁結び帯」は、戦国時代を舞台に、奇怪な男女三人の縁を描いた物語であります。越前の元武士の子であり、父同士の縁で、隣家の二人娘の姉・お朝と幼い頃に許婚となった平次。しかし彼は信長の侵攻を恐れた両親と共に、お朝を残して敦賀を離れることになります。
それから五年、両親が相次いで奇怪な死を遂げ、身寄りをなくした平次は敦賀に帰るのですが――既にお朝もまた、同様に死を遂げていたのであります。
彼女の親の厚意で共に暮らすことになった平次ですが、ある夜彼の下に忍んできたのはお朝の妹・お夕。強引に迫る彼女と契りを結んだ彼は、やがて二人で敦賀を出奔するのですが――それから一年、敦賀に戻り、お夕の親に結婚の許しを請うことにした平次。そこで彼が知った奇怪な真実とは……
と、サブタイトルのとおり、浅井了意の仮名草子「伽婢子」から、巻之二「真紅撃帯」をベースとした本作。物語の大半(上で紹介した部分)は、奇怪な恋愛譚というべき原典をほぼ踏まえているのですが、最初に敦賀に戻る平次の前に鬼切丸の少年が現れる時点で、物語は不穏の度を高めます。
お朝が平次に贈った縁結びの真紅の打帯。しかし彼の行く先々に現れるそれは、むしろ不吉な影として、彼にまとわりつくことになります。はたしてそれは誰の想いを込めたものであったのか――鬼切丸の物語としてはシンプルではありますが、結末の皮肉な味わいが印象に残ります。
続く「偕老同穴鬼契りの章」は、仲睦まじい老夫婦の妻が倒れ、共にこの先も一緒にいるために、壁の中に埋めてくれと言い残して逝ったことから始まる怪異譚。
毎晩必ず声をかけると言ったその通りに、毎晩壁の中から声をかけてくる妻にやがて恐怖を抱く夫ですが、それだけでなく……
という本作のベースは、おそらく『まんが日本昔ばなし』で「爺さん、おるかい」として放送された民話(今となっては「ヒップホップババア」の方が有名ですが……)ではないかと思われます。しかし恐ろしくももの悲しかった原典を、鬼を絡めることでまた別の恐怖を生み出している(埋めた壁から――という辺りの怖さは本作の独壇場かと)といえます。
それでいてどこか不思議な安らぎが漂う幻想的な結末もまた、見事な一編であります。
そしてラストの「千姫鬼事件の章」「千姫鬼乱行の章」は、サブタイトルからわかるように、豊臣秀頼の妻であった千姫の数奇な運命を巡る物語であります。
地獄絵図と化した大坂城から千姫を救い出したものの、その際に見殺しにした侍女たちに祟られて鬼のような面貌と化した坂崎出羽守が、結婚の約束を違えた千姫に本物の鬼と化して襲いかかる「千姫鬼事件の章」。
本多忠刻に嫁いだものの、子も夫も奇怪な死を遂げ、死のうとしても死ねぬ呪いをかけられた千姫が、吉田御殿で乱行に走る「千姫鬼乱行の章」――その美貌故に苦しむ千姫の姿が二話に渡り描かれることになります。
巷説である吉田御殿を、真っ正面から取り上げるのか――正直なところ意外に思いきや、そこに本作ならではの意外な意味づけを与える展開も面白いこのエピソード。
また坂崎出羽守も、如何にも鬼になりそうな(失礼!)人物ではありますが、彼が死した後に明かされるその真情と役割など、定番を踏まえつつも、鬼を絡めることでそこから大きく踏み出してみせる本作ならではの味わいがあります。
それにしてもこの巻で鬼に襲われるのは基本的に本人に非がない者ばかりなのですが、そんな人々に対する鬼切丸の少年の態度はいささか辛辣に過ぎるのではないか――とも感じるられます。しかしつまるところ他人の色恋沙汰に、そこに鬼が絡むというだけで出張らなくてはならないと思えば、なるほど少年にも同情させられる――というのは蛇足かもしれませんが。
(坂崎出羽守との対決の際、思わず自分の行為に疑いを抱いてしまうという珍しい姿を見せられればなおさら……)
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