霜月りつ『あやかし斬り 千年狐は虚に笑う』 人の心と情が生んだあやかしと、あやかしの持つ心と情と
『神様の用心棒』シリーズも快調な霜月りつが、江戸時代を舞台に描く良質の妖怪時代小説の第二弾であります。生真面目な蘭方医の青年と、千年を生きる妖狐――奇妙なバディが対峙するのは、人の心と情から生まれたあやかしたち。力だけでは倒せない哀しい存在に、はたして二人はいかに挑むのか?
ある日・武家の蘭方医・武居多聞の前に現れた美貌の薬売り・青。驚くほど良く効く薬を持つ青の正体は実は妖狐――それも九尾の狐の九本目の尾だと知る多聞ですが、青と種族を超えた友情を結ぶことになります。
かつて同じ尾たちに殺された人間の娘の魂を求め、妖怪たちを狩り続ける(そしてその妖怪から薬を作る)青と、彼からあやかしを斬る力を持つ銀の小太刀を託された多聞。二人は、人間の持つ様々な心や情と結びついて生まれるあやかしに対峙していくことに……
という基本設定の本作ですが、第一話の舞台はなんと大奥。なるほど、様々な怪談が伝わり、そして何よりも人の負の念という点ではとてつもないものが潜んでいそうな場所ではありますが――しかし一介の蘭方医である多聞にはちと縁遠いのでは、と思いきや、そこは前作での出来事を絡めてきっかけを作ってみせるのが、まず楽しいところです。
さて、その事件とは、大奥で自害した女中・久万の幽霊が出没し、さらに黒い蛇のようなものに襲われて顔を傷つけられる者が続発しているというもの。さらにそこには、半年前から顔に瘡が出来て臥せっている御中﨟・於瑠衣の存在が関わっているようなのですが――多聞は妖怪のことにも詳しい「女」蘭方医として、青とともに大奥に向かうことに……!
と、男性主人公の女性読者向けライト文芸で後宮が登場する作品の定番とも言われる(というか私が言った)女装潜入展開が描かれるこのエピソード。その辺りのわちゃわちゃが何とも楽しいわけですが、一方で、先に挙げた三つの出来事から考えれば、いかにも大奥らしい陰惨な怪談の構図が浮かびます。
しかしそこから物語は、一ひねりも二ひねりも加えてみせます。怪異だけでも、人間の怨念だけでもない――その両者が結びつくことで生まれるあやかしの存在を描くのは前作から変わらぬ本シリーズの特色なのですから。
女装大奥潜入というキャッチーな展開を描きつつも、きっちりシリーズの魅力を活かしてみせる内容に感心させられるのです。
そして、描かれた雀が命を得て飛び立ったという掛け軸が多聞の手に渡ったことで起きた悲劇を描く掌編である第二話に続き、第三話では、また別の形で本作らしい物語が描かれることになります。
多聞の親友であり、青の正体も知る定町廻り同心・板橋厚仁から持ち込まれた事件――何者かに殺されて離れた場所に捨てられたと思しき女性・おまきの検屍を行った多聞。
女手一つで幼い子供を育てていたおまきは、かつて大店の娘・おりんの世話役であり、おりんが嫁に出たのを期に店を辞めたというのですが――その結びつきは今も強いのか、おまきの死におりんは大きく取り乱すのでした。
一方、厚仁と売り言葉に買い言葉で事件の調査に当たることになった青は、おりんの袖の付着物を手掛かりに、彼女が死の直前に、ある料理屋にいたことを突き止めるのですが……
と、あらすじだけ見れば怪異の要素はない謎解きもの、人情もののように見える物語ですが――そこから多聞と青が挑むべきあやかしの登場を描く展開の妙に驚かされるこのエピソード。しかしその意外性も、根っ子となる部分が確たるものとしてあるからこそでしょう。
悲劇的な事件の、そして怪異の源にある人の情――その姿をドラマチックに描きつつ、結末で涙と笑顔を同時に誘う佳品です。
そして最後の第四話では、青にとっては仇である他の九尾の一人が登場。しかしその配下に捕らえられた多聞が頼まれたのは何と――と、シリーズの縦糸というべき青の過去にまつわる物語が展開します。
こちらはストレートな伝奇活劇――と思わせて、これまた一ひねりも二ひねりも効いた物語ですが、ここでもキーワードとなるのは「心」「情」の存在。人の心と情が生み出したあやかしを描く物語が、あやかしの持つ心と情を描く――そんな構図の逆転から、不思議な感動が生まれるエピソードです。
というわけで、シリーズ第二弾にして、きっちりと独自のスタイルを固め、そこから生まれる魅力的な物語を幾つも描いてみせた本作。これほどのものを見せられたら、当然第三弾も――と期待してしまうのです。
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