田中啓文『十手笛おみく捕物帳』 パワフル娘と愉快な仲間たちの捕物帳 はじまりはじまり
時代小説においてもほとんどオンリーワンの個性的な作品を発表し続けている田中啓文の新シリーズは捕物帳。といってももちろんただの捕物帳であるはずもなく、不思議な十手笛を持つ飴売りの少女が、亡き父の跡を継いで目明しとして怪奇の事件に挑む愉快痛快な物語であります。
大坂で病身の母と暮らすみくは、客寄せに笛を吹き鳴らして町を歩く飴売りの少女。腕利きの目明かしであった彼女の父・宇佐七は、数年前に何者かに殺されたのですが――ある日みくは、父と目明し同士親友だった高津の壇吉親方から、父の死に繋がる手掛かりが見つかったと知らされます。
下手人探しに執念を燃やす親方につきあわされるみくですが、ある晩、親方も宇佐七と同様の死体となって見つかるのでした。
死体が見つかった場所の近辺では、見る見る間に大きくなっていくという妖怪・見越し入道の噂が囁かれ、そして父や親方と同様に謎めいた死を遂げた人間が他にも数多くいることを知るみく。
見越し入道の正体を暴き、父の死の真相を知るべく奔走するみくが手にするのは、先祖代々伝わる仏像の中から出てきた十手笛――しかしその笛には、想像を絶する秘密が……
そんな本作の第一話「見越し入道の秘密」は、あらすじだけ見るとかなりシリアスに感じられますが、実際に読んでみればこれはもう、まさしく田中啓文ワールドであります。
開幕早々、地の文なしで物語が進むほど、ポンポンとテンポの良い会話が続く中で描かれるのは、パワフルで調子が良く、偉ぶる奴らが大嫌いで人情に厚い、大坂の人々の姿。
そして登場する主人公・みくは、そんな人々の中でも一際抜きんで賑やかでパワフルな少女――何しろ、普段の生業が笛を吹きながらの飴売りで、お客にはリクエストされた曲を何でも吹いてみせるというのですから、普段からぴーひゃらと実に賑やかなのであります。(ちなみに本作の各話タイトルの前には「ぴーひゃら その○」とつくのが楽しい)
そんな彼女が手にするのは十手笛――何やら聞き慣れなませんが、その名のとおり十手型の笛という格好良いアイテム。笛吹きの飴売りで十手持ちのみくのためにあるような代物であります(しかしその真の力は――後述)
ここまでくればもうキャラは一人で立ったようなもの。あとは元気と正義感の塊のような――それでいて決して優等生のヒーローではなく、成長途中で泥臭いみくの活躍に声援を送るのみであります。
しかし、如何に賑やかで陽気な物語に見えても、起きる事件なものであることもまた、間違いありません。そんな中で、駆け出しの年若い目明し一人で何ができるのか――いや、一人ではありません。みくには愉快な仲間が、頼もしい味方が幾人もいるのですから。
父の手下であったお調子者のおっと清八とちょかの喜六のコンビ、町奉行所のちょっと心配になるくらいの老同心(しかし……)の江面可児之進、謎解き好きだけど見当違いばかりの楽隠居・甚兵衛。そして彼女の母・ぬいも、実はかつて宇佐七の知恵袋であり、安楽椅子探偵ばりの推理でみくを助けるのです。
しかし中でも最強の味方は、謎のイケメン酒飲み精霊(本当)・垣内光左衛門であります。なんと仏像の中に収められていた十手笛に封印されていた彼は、みくの家に伝わる秘曲を吹けば出現、文字通り人知を超えた力で彼女を助けてくれるのです。
まあ、二百秒間という、光の国から来たみたいな活動制限はあるのですが、それでもぎりぎりまで頑張ったみくにとっては頼もしい助けであることは間違いありません。
何はともあれ、この人間以外も含めた個性的な面子とみくの、これまたテンポの良いやり取りは、本作ならではの魅力であります。
さて、続く第二話「未来から来た娘」では、天から降って来たまるで「うつろ舟の女」のような球から現れた――それも未来を予知する力を持つ娘が登場。記憶喪失の彼女を狙って、何やら怪しげな連中も動き出し、みくの周囲にも危険が迫ります。
はたして娘の予知能力は本物なのか、彼女は何故珠から現れたのか。そして彼女の正体は一体――謎解きもさることながら、その先で明らかになる、何とも悲しく切ない真実と、それを包み込むような優しい結末が印象に残ります。
さて、賑やかで陽気で、奇妙な謎満載で、そして人情の隠し味もしっかり用意された本作はシリーズの開幕編であります。この先、みくが目明かしとしてどのように成長していくのか、そして謎多き垣内光左衛門の正体は――この先も、作者ならではの物語世界を期待できそうです。
『十手笛おみく捕物帳』(田中啓文 集英社文庫) Amazon
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