« 今村翔吾『イクサガミ 地』 迫る宿命の魔剣 そして恐るべき陰謀の正体! | トップページ | 東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第10巻 真剣勝負! 幕末に死に損ねた男二人 »

2023.05.25

金井たつお『天保六花撰 悪いヤツら』 悪党復活 ピカレスクと成長物語と

 大ベテラン・金井たつおによる新釈・天保六花撰というべき物語、これまで全話が単行本にまとめられたことがなかった作品を、コンビニコミックの形で取りまとめたものです。二枚目だけが取り柄の御家人・片岡直次郎が、お数寄屋坊主の河内山宗俊と出会った時、ピカレスクストーリーが始まります。

 御家人の家に生まれながらも侍の世界を嫌い、弟分の暗闇の丑松と遊び暮らす片岡直次郎。ある日、手元不如意になり、恋人の一人である美濃屋のお加代に無心に出かけた彼は、彼女が横恋慕した岩館藩主の息子によって拐われたと知ることになります。
 早速お加代を奪い返そうとする直次郎と丑松ですが、あわや藩士たちに斬り捨てられかける羽目に。そこに現れた容貌魁偉な坊主・河内山宗俊に救われた二人は、お加代を取り返す算段があるという河内山の企ての、片棒を担ぐことに……


 講談、そして何よりも河竹黙阿弥の歌舞伎によって今なお知られる天保六花撰――河内山宗俊・片岡直次郎・三千歳・金子市之丞・暗闇の石松・森田屋清蔵ら六人の悪党。最近では物語の主役になることは少ない印象がありますが、しかし特に河内山は、今でもその存在感は抜群であります。

 本作はそんな天保六花撰を題材に、金井たつおが「コミック乱」誌の2004年6月号から2005年10月号にかけて連載した作品。
 金井たつおといえばその作品は硬軟様々(後者の印象が強いですが)であるものの、時代漫画という印象が薄い作家(工藤かずや原作の『新選組』がありますが)ですが――さすがはというべきか、天保六花撰の物語を換骨奪胎して、自分の物語としている印象であります。

 特に本作の天保六花撰の設定は、随所にアレンジが施されています。宗俊・直次郎・丑松辺りはベースとなる物語から大きくは離れていない印象ですが、特に三千歳は直次郎の恋人ではなく深川の岡場所で妓楼・妖花楼を営む美女という設定なのが大きく異なるところでしょう。
 悪事を働く前に、三千歳が市井の、宗俊が武家の情報を集め、それを元に宗俊が描いた絵図面を、直次郎や丑松たちが実行する――というのが一つのスタイルとなっています。
(また、金子市之丞は宗俊の用心棒を務めるワケありの剣客という設定で、一味のある意味切り札的存在というのも面白い)


 しかしさらに面白いのは、本作が一種の成長物語としての側面を持つことでしょう。
 宗俊と並び本作の主人公である直次郎は、初登場の時点では、いわばジゴロを気取った小悪党という人物。悪党を食い物にする大悪党である宗俊に比べれば、ほんのヒヨッコであり、手足のように利用される存在であります。

 その貫目の違いは、はもちろん彼の人生経験の不足によるものでもありますが、それ以上に覚悟の不足に由来するものといえます。
 しかし物語の中盤、自分の考えの甘さから悪女・紫乃――三千歳のかつての姉貴分であり、今は女子供も皆殺しにする凶賊の頭領――によって、自分を慕う茶屋の娘を殺されたことをきっかけに、直次郎は変わっていくことになります。

 彼が宗俊から学んだ、悪党であるということの意味、そして己が悪党になることへの覚悟。それはそれでどうなのだろうという気もしますが――しかし本作の宗俊が悪党でありつつも外道ではなく、そして自分の行動の結果は全て自分で受け止める覚悟を決めている、一種の大人物であることを思えば、やはりこれも成長というべきでしょう。

 そして自分なりの覚悟を固めた直次郎が、宗俊を利用して自分の仕事を成し遂げてみせるエピソードは、不思議な感動があります。もっとも、宗俊は更にその上を行ってみせるのですが……


 そして本作は終盤、大坂の元締めと呼ばれる西の大悪党であり、紫乃の後ろ盾でもある森田屋清蔵と宗俊たちが対決。宗俊がひとまず勝利を収め、清蔵も宗俊を認める――というところで終わりを迎えることになります。
 つまり本作は、天保六花撰誕生直前で終わってしまうのですが、六花撰の顔見せ自体は済んだわけで、これはこれで一つの幕引きのタイミングなのかもしれません。

 何はともあれ、これまで何故か単行本されてこなかった(冒頭六話のみ、数年前に電子書籍されたのですが、後が続かず)本作が、こうして一つにまとまって読めるというのは、まことにありがたい話であります。


『天保六花撰 悪いヤツら』(金井たつお&桜小路むつみ リイド社SPポケットワイド) Amazon

|

« 今村翔吾『イクサガミ 地』 迫る宿命の魔剣 そして恐るべき陰謀の正体! | トップページ | 東直輝『警視庁草紙 風太郎明治劇場』第10巻 真剣勝負! 幕末に死に損ねた男二人 »