『地獄楽』 第8話「弟子と師」
島からの脱出口を求めて彷徨う典坐とヌルガイの前に現れた天仙・朱槿。その異常な身体能力と回復力に追い詰められる二人を、士遠が救う。荒んでいた自分を救い、導いてくれた師との再会に喜ぶ典坐だが、三人の前に朱槿が再び現れる。守りたい人を守るため、覚悟を決めた典坐は……
構成の関係でかなりユルい印象の強かった前回から一転、ひたすらシリアスなドラマが展開することになった今回。そしてその主人公というべきは典坐――山田浅ェ門第十位(考えてみると佐切はともかく、棋聖よりも上なのか……)にして、第5話でヌルガイを救って以来の登場となります。
第5話では、山の民であるというだけで一族を皆殺しにされ、死罪となったヌルガイの境遇の理不尽さに怒り、絶望に暮れていた彼女を奮起させた典坐。見るからに熱血漢というか陽キャというかパリピ(それは『じごくらく』)という印象の典坐ですが、しかし今回冒頭から描かれるのは、そんな今の姿とは裏腹な、過去の荒んだ姿であります。
身寄りもなく、江戸の町で殺し以外は何でもやって生きてきたという典坐。一歩間違えたら賊王になっていそうな彼が、今のような姿となった陰は、士遠との絆があったわけですが、ここで描かれる過去エピソードは、原作にはないものの、どこかで見たことがあるようなないような――と思っていれば、何とこれはスピンオフ小説『地獄楽 うたかたの夢』収録のエピソード「桜咲く庭」の内容であります。
比べてみると細かい部分はだいぶ省かれてはいるものの、エピソードのメインとなる典坐と士遠の出会い、典坐の反発と士遠からの試練、(回想シーンやスピンオフでのいい人ぶりに定評のある)衛善が語る士遠の過去の悔悟――といった部分は全て取り入れられているのがわかります。
そしてその中でも特にクローズアップされているのは、「可能性」という言葉であります。誰からも期待されず、自分でも諦めていた典坐の可能性。それを見出した士遠の辛抱強い指導により、典坐はその可能性を信じ、前向きに生きることができた――という実に泣かせる師弟の絆ですが、それを描くためにスピンオフ小説を持ってくるというのには、大いに好感が持てます。
しかしその可能性を全力で叩き潰しに来るのが『地獄楽』という物語であります。士遠がかつて語ったように、心の底から守りたいと思う相手ができた典坐。しかしその相手を守るために、彼はここで自分の可能性を擲つことになります。それは途方もなく残酷な物語ではありますが――しかしそれによって他人の命を、他人の可能性を守り抜いた彼の生き様を笑える者は誰もいないでしょう。(そしてそんな彼の声なき叫びを理解して行動に移す士遠もただ見事)
そしてこの典坐の姿は、限りある命を燃やして命を繋ごうとする人間の象徴として、『地獄楽』という物語において、この先幾度か振り返られることになるのですが……
そんな大事な回にもかかわらず、わざわざ小説版からエピソードを引いてきたにもかかわらず、そして声優たちの熱演にもかかわらず、作画をはじめ、アニメーションとして見た場合にあまりにも低調なのは、いかがなものか。
これまでも作画は、諸手を挙げて素晴らしいとは言い難かったこのアニメ版ですが、今回は特に脱力度が高く(ラストのヌルガイのポカポカとか)、いやもう残念の一言に尽きます。
折角エンディングも、今回のみの特殊バージョン――今回の過去パートで大きな意味を持ちながら、敢えて本編では描かれなかった(そして小説でのクライマックスである)部分、自分から一本取れば出て行くことを許すという士遠と典坐の勝負の行方をここで初めて描くという心憎い構成だったのが、実に勿体ない……
(しかしこの特殊エンディングも後半はいつも通りだったので、感動的なシーンの後に凄い顔の画眉丸が描かれるのはどうかと思いましたが……)
それともう一つ、以前から気になっていましたが、本作で「人別」を「じんべつ」と読むのはどうなのか――第11代将軍が斉慶という世界の話だ、というのとはまた別の話なので。
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