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2023.05.02

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第9巻 ぶっ飛んだ金持ちと真剣に怖い捜神「怪談」

 『捜神記』を題材に、千年を生きた妖狐・廣天と仲間たちが繰り広げるおかしな騒動を描く物語の第九巻は、前巻から引き続いての「捜神怪談編」。都の妖考事部で、青年役人の石良とともに怪奇の事件を追うことになった廣天ですが、その前にぶっ飛んだ大金持ちが現れたことで、何やら雲行きが怪しく……

 道術勝負で優勝したものの、色々あった末にチームメイトの医者と気まずくなり、神木と二人、都に出てきた廣天。そこで都の見回り部が妖絡みの事件に対処する部署・妖考事部を設置することを知った彼女は、在野の有識者という触れ込みで潜り込むことになります。
 しかし妖考事部の所属は、暗がりを異常に嫌う青年・石良のみ。それでも続発する事件を何となく解決してきた廣天たちですが、人が空を飛ぶ事件を解決(?)したかにみえた時、思わぬ出来事が……

 というわけで前巻からスタートした捜神怪談編ですが、この巻の冒頭では、石良の親戚である色々な意味でヤベエ金持ち・石崇が登場。怪事件をなかったことにするために目撃者全ての口を封じる、現場一帯を数日間封鎖する等々、金の力でやりたい放題であります。
 それが全て石良のためらしく、何故彼にそんなに執着するのか、その意味でもヤベエ人物ですが、問題はその石崇の関心(というより石良の周囲の人間のチェック)が、廣天に向かったことでしょう。そしてその調査に当たるエージェントが現れるのですが、それが何と――宋定伯!

 あの見鬼の力を持つ詐欺師スレスレ(というか完全に詐欺師)の少年、神異道術場外乱闘編でのチームメイトであり、廣天と神木が借金返済のためにかけずり回ることになった原因の宋定伯、前々巻ぶりの登場であります。
 ――といっても出番は数ページなのですが、やはり廣天とはこれまで共に様々な騒動に共に首を突っ込んできた間柄だけあって、ナイスフォローを見せてくれるのは実に嬉しいところでしょう。

 ちなみに宋定伯は、実は石崇とは「捜神記」以来の(?)仲。本作での初登場エピソードの原話で、宋定伯の行動に対して石崇が一言コメントするという妙なつながりだったのですが、いずれにせよ同時代人であります。それをこういう形で拾ってくれたのは、心憎い趣向といえるでしょう。


 さて、そんなこんなで思わぬ横やりが入りつつも、妖考事部の仕事は尽きません。
 人々が夜中に道で突然何かを呟きながら地面に突っ伏し、翌朝にはその記憶をなくしているという怪事。突如壁をぶち破って部屋に飛び込み、消えてしまう牛車。窓から何物かの目が覗く小屋。宿屋で人の姿形を真似て現れ、二階に誘う化物……

 いずれ劣らぬ奇妙な事件ばかり、そしてそのディテールも真相も、いかにも中国怪談らしい味わいを持ったものばかりなのですが――しかしその描写がどれも妙に怖い。真剣に怖い。
 本作は基本的にコミカルなテイストの作品ではありますが、しかし思い起こせばこれまで怪異や人ならざる者に対しては、容赦なくその不気味で恐ろしげな姿を描いていたやに思われます。――もちろん、例外は山ほどありますが!

 特にこの捜神怪談編では描写を怖さに全振りしている感があり(特にこの巻冒頭のエピソードの怪異出現シーン!)、「怪談」の名に違わぬ印象であります。


 しかしややこしいといえばややこしいのは、そんな怪異の源である妖たちが、廣天たちとはむしろ近しい存在であることであります。そもそも廣天と神木が妖考事部に首を突っ込んだ理由は、妖を人から守るためなのですが――しかしそんなウラの事情が、ついに廣天を追いつめることになります。

 前巻のラストである妖が遺した不吉な予言。あたかもそれを裏付けるような状況の末に、大変な状況に陥ってしまった廣天の運命は――まあどうにかなるとして、むしろ心配なのは石良の方。
 廣天と引き離され、ただ一人となってしまう彼の運命は、そして何よりも、彼を苦しめる幼少期の不気味な出来事の真実は……

 次巻、捜神怪談編完結であります。


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