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2023.05.13

手代木正太郎『異人の守り手』 幕末の横浜に攘夷を阻む陰の守護者

 これまで様々な形でユニークな時代ものを手掛けてきた手代木正太郎が、ついに本格的な歴史時代小説を発表しました。幕末の横浜を舞台に攘夷を行わんとする者から、外国人や彼らと交流する日本人たちを陰から守る者たち――「異人の守り手」の活躍を描く物語であります。

 既に本業では功成り遂げ、ロマンを求めて世界各地を旅する中、慶応元年の横浜に降りたった実業家のハインリヒ。そこで八か国語を自在に操る奇妙な無宿者・秦漣太郎をガイドとして雇ったハインリヒは、彼を通じて日本の様々な側面に触れる中、当時は外交官しか入ることができなかった江戸に行くことを望み、ついに実現させることになります。

 憧れの江戸を訪れ、いよいよ意気あがるハインリヒは、護衛の武士たちの前でかねてから興味を抱いていた邪馬台国について語るうち、ついつい勢いでその発掘計画をぶち上げてしまうのですが――それが彼の運命を大きく変えてしまうことになります。
 それ以来、何者かの不気味な影に付きまとわれ、怯えるハインリヒ。そしてついに凶刃が彼の身に迫ったその時……


 幕末のある時期、欧米諸国へ唯一開かれた門であった横浜。当然ながらこれまでにない活気に満ちた地となった横浜ですが、それ以外の地では――いや、時にその横浜においても――攘夷を旗印にする者たちによって、外国人を狙った殺人、放火等が行われる状態にありました。
 本作は、そんな外国人、そして(攘夷浪士たちからは同様に敵視される)外国人たちと交流する日本人を守る「異人の守り手」と呼ばれる者たちの活躍を描く、一種の特殊チームものであります。

 登場する守り手は、顔に大きな刀傷を持つ飄々とした無宿人・秦漣太郎をはじめとする四人――ヘボン博士の下で辞書編纂を手伝う心優しき巨漢・岸田吟香、フランス貴族の恋人を持つ洋装の美女・フランスお政、外国人から絵画を学ぶ剣の達人という変わり種・高橋イ之介(イは人偏に台)という、いずれも個性的な面々。
 攘夷主義者たちを時に支援し、時に攘夷を実行する秘密組織「鴉」をはじめとする者たちの凶刃から外国人を守り――ひいては日本と外国の友好関係を守るため、守り手たちは八面六臂の活躍を見せることになります。

 本作はそんな守り手の戦いを描く活劇ではありますが――もっとも、詳しくは伏せますが、単純にボディーガードや襲撃者の撃退だけでなく、意外な形で攘夷を阻止しようと動くのも楽しいところです――歴史時代小説としても、なかなかにユニークで巧みな視点を持つ物語であります。

 何しろ、自由に物語を展開しつつも、おそらくは本作オリジナルである漣太郎を除いて、ほとんどのキャラクターが実在の人物。
 特に守り手メンバーは、岸田吟香はともかく、妖人として知られた人物の恋人であったといわれるフランスお政、画業に邁進しながらも本当に剣の達人だった髙橋イ之介――もちろん本作ならではのアレンジは加えられていますが(特にお政のアレンジは尖っていて実に良いと思います)いずれも後世に名を残す人物であります。

 もちろん上で挙げた第一話に登場するハインリヒも、第二話の中心となるある人物も、そして第三話の主人公といえるサム・パッチも――いずれも実在の人物であり、そんな人物たちが意外な、しかし納得のドラマを繰り広げるのは、これは歴史時代小説の醍醐味といって間違いないでしょう。

 特に印象に残るのはサム・パッチであります。彼は、あのジョン万次郎とともに漂流し、唯一ペリーの黒船で日本に帰還した日本人でありつつも、しかしその後の人生は華やかさとは無縁で、日本を訪れた外国人の従僕で人生を送った人物。
 「心配」という口癖がその通称の由来となったというこの人物を、本作は何もそこまでと言いたくなるほど、小心翼々とした、悲しくなるほどの凡人として描くのですが――そんな彼の生き方が、別の角度から光を当てることによって、全く別の輝きを見せる様には、大きな感動があります。

 思えば本作に登場する外国人や、その周囲の日本人たちは、このサム・パッチのように、善悪とは無縁に、ただその時代の渦に飲まれつつも懸命に生きようとした人々であります。
 守り手と鴉の激突を描きつつも、本作がその中で浮き彫りにするのはこうした人々の姿であり――そしてそれが本作を、優れて歴史時代小説として成立させていると感じます。


 『柳生浪句剣』『王子降臨』『鋼鉄城アイアンキャッスル』など、時代ものへの深い理解を示してきた作者がついに描いた歴史時代小説――ぜひ続編を期待したいと思います。
(しかし第三話の鴉三人組はさすがに……)


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