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2023.05.05

立沢克美『イクサガミ』第1巻 サプライズ連発、もう一つのデスゲーム開幕

 明治時代を舞台に、武芸の達人たちが繰り広げるデスゲームを描く今村翔吾の『イクサガミ』――その第二巻も発売目前の物語の漫画版であります。原作を踏まえつつも、登場キャラクターや展開の異なるもう一つの『イクサガミ』の開幕であります。

 時は明治11年、日本各地で掲げられた奇妙な広告――武芸自慢に金十万円を得る機会を与えるというその内容に、京都・天龍寺に集まったのは主人公・嵯峨愁二郎を含む292人の男女。
 そして彼らを前に主催者が語ったのは、参加者たち一人一人が一枚一点の木札を持ち、それを奪い合いながら東京を目指すというデスゲーム〈こどく〉の開催でありました。

 既にゲームは始まり、この天龍寺の関門を出るために必要な点数を集めるべく、殺し合いを始める参加者たち。そんな中で明らかに不釣り合いな少女・香月双葉と出会った愁二郎は、不利を承知で彼女を救うことになります。
 もう一人、天龍寺で知り合った青年・立川孝右衛門を加え、東京を目指すこととなった愁二郎。しかしその晩、彼らが泊まった宿にも敵の手は伸びて……


 まだ幕末の余燼冷めやらぬ中、様々な過去を背負った様々な流派の達人たちが繰り広げる、デスゲーム&ロードノベルというべき『イクサガミ』。原作の方は全三巻予定ですが、この漫画版の第一巻では、原作の冒頭部分が描かれることになります。

 作画を担当する立沢克美は、『ポンチョ』や『バーサス魚紳さん!』などの現代ものをこれまで描いてきた漫画家であり、時代もの、それもアクションはこれが初めてと思われますが――骨太の描線は物語とマッチして違和感はありません。
 登場するキャラクターたちのビジュアルも、むしろ「なるほどこのキャラはこんな姿だったのか」と改めて納得させられるもので、まずは上々の滑り出しと感じます。

 すぐ上で述べたとおり、物語はまだ冒頭部分、開始直後の潰し合いの描写がメインとなっており、この〈こどく〉特有の駆け引き――東京までの各チェックポイントをクリアするのに必要な点数は定められているものの、周囲から狙われるのを承知で多めに稼ぐか、敢えて通過ギリギリを狙うかは、各参加者に委ねられる――はまだあまり描かれてはいません。

 しかしこの異様なルール下で、幕末という時代を引きずった者たちが殺し合うという本作ならではの特色は、この第一巻の時点で明確になっているといえます。
 特にこの巻の後半のクライマックスというべき洛中を舞台にした愁二郎の戦いは、かつて土佐の人斬りであった愁二郎と、幕末からの因縁を引きずる相手との激突という形で、本作のこの側面を象徴しているといえるでしょう。


 しかし、原作読者であれば、別の意味で、おっ? と思わされるのがこの戦い。実はこのシーン、原作とはいささかシチュエーションが異なる――いやそれどころか、戦う相手が異なるのであります。
 つまりは漫画オリジナル展開というわけですが、この敵の漫画映えするギミックも含め、原作をそのままビジュアライズするのではなく、漫画版としての独自性を織り込んでみせるのは、個人的には大歓迎であります。

 さらにこの巻ではもう一つ、「あれ、このキャラはこの時点で既に……」という人物の扱いが、かなり意外なアレンジを加えられており(これはもしかして原作の方でも今後描かれるのかもしれませんが)、原作読者にとってもサプライズがあるのは、大いにありがたい話であります。

 また単行本では、原作者自らによる各キャラの設定紹介という企画があるのも実に嬉しい。物語で大きな位置を占める忍び・柘植響陣の設定にもひっくり返りましたが、個人的には双葉の存在の意味付けにもなるほど! と大いに唸った次第です。


 というわけで、原作未読者にも既読者にも様々な見所のある作品となったこの漫画版『イクサガミ』。もう一つの『イクサガミ』として、原作ともどもこの先の展開を楽しみにしたいと思います。


『イクサガミ』第1巻(立沢克美&今村翔吾 講談社モーニングコミックス) Amazon

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