朝松健『一休どくろ譚・異聞』(その一)
朝松一休が帰ってきました。『朽木の花 新編・東山殿御庭』以来、約四年四ヶ月ぶりに刊行された短編集であります。老境にさしかかりつつある一休が、美しき侍女・森とともに数々の怪事件に挑みます。
動乱の室町時代を生きた快僧・一休宗純――とんち譚で広く知られたこの人物を、作者は明式杖術を操り、室町の闇を討ち祓うヒーロー、権力者も魔物も恐れない反骨と風狂の快僧として甦らせました。
しばらく中断していたこのシリーズは、「ナイトランド・クォータリー」誌で復活。同誌では、老境に差し掛かり、霊感を持つ盲目の侍女・森とともに二本杉の売扇庵の庵に暮らす一休が、公儀目付人の蜷川親元らから持ち込まれる怪異に挑むというのが、基本スタイルとなります。
ここでは思い切って、収録作品全十五篇を一篇ずつ紹介したいと思います。
「一休葛籠」
ある人探しの依頼を受けることとなったものの、気付いてみれば、どこかで見たような老僧と古葛籠を前にしていた一休。その葛籠から現れるのは、かつて彼が対峙した妖たちで……
「序幕」と付された本作で描かれるのは、作者が得意とする、悪意を感じさせる悪夢めいた世界と、そこに迷い込んだ者の戸惑いであります。その悪夢の中で一休が対峙するのは、かつて彼が苦しめられてきた三つの怪異――というのは、ファンにはニヤリさせられるところですが、しかしそこから物語は思わぬ形で展開していくことになります。
ある意味、一休譚の(一休と森の物語の)終章ともいうべき物語で描かれるのは、しかし深い安らぎと大きな感動。それを全巻の序幕とする構成も見事というべきでしょう。
「かはほり検校」
ある夜、「壇ノ浦」を歌う不気味な気配に襲われたところを、一休に救われた旅芸人の森。折しも京では連続する公家の女性たちを狙った連続吸血殺人の調査を依頼された一休は、森と共に魔怪の正体を追うことに……
冒頭で触れた「ナイトランド・クォータリー」誌掲載第一作である本作は、一休と森の出会いと、親元を交えたシリーズのフォーマットが形成される作品。
正直なところ、物語としてはかなりシンプル(犯人は明々白々)ではありますが、クライマックスの怪異の描写と、一ひねりあるその正体はさすがというべきでしょう。
「魔経海」
琉球からの貿易船が兵庫津で座礁、乗員は無数の化物たちに襲われて全滅するという事件が発生。管領らから、琉球王が帝に送った仏像の回収を依頼され、森と親元の三人で現地に向かった一休の前に現れたのは……
京を舞台とした作品が大半となった本書の中で、数少ない例外が本作。かつて一休が各地で妖と対決したのを彷彿とさせるようなシチュエーションの物語です。
その頃同様、五十半ばでも健在の明式杖術の冴えも嬉しいですが、注目すべきは船に巣くった魔物の正体でしょう。その正体には、一休ファンであればなるほど! と驚かされるのですが、しかしまさかこの後に……
「白巾」
蜷川親元の屋敷で行われた「夕涼みの会」に招かれた一休と森。いつしか話題は怪談となり、それをつまらなそうに聞いていた一休は、彼がまだ若い頃に経験した、世にも恐ろしい話を語り始めます・
小浜で瀕死の武士から、「白巾」と記された袋を美濃に届けてほしいと託された一休。それを追ってきた明の方士・黎尊法と対峙した一休は、圧倒的な力を持つ相手に、ある勝負を持ちかけて……
若者たちが集っての夕涼みの会という、何とも微笑ましい舞台で始まった怪談話(しれっと「一休髑髏」のいエピソードが混じっているのも楽しい)から、一休の語られざる冒険に繋がっていくという、ユニークな趣向の本作。
時期的には「ズイ」の後日譚ですが、そこから始まるのは、「世の貧者という貧者に光明をもたらすもの」を賭けての、明の方士――道教の妖術使いとの対決という、長編作品ばりの展開となります。
もっとも相手は相当に手強く、一休が幾度となく危機に陥る様を、本作は緊迫した筆致で描くのですが――白眉はそこからのオチでしょう。本作の冒頭から描かれていた一休のクソじじいぶりがフルに発揮された、何とも人を喰った物語です。
次回に続きます(全三回予定)。
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