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2023.05.07

芦辺拓『大江戸奇巌城』(その一) 五人の少女は大江戸を駆ける

 本格ミステリ界の雄として活躍しつつも、かねてより伝奇時代劇への愛を広言してきた作者が、ついに本格的に「時代伝奇小説」を手掛けました。太平の世を戦乱の炎に包まんとする狂信的な陰謀と対峙するのは、いずれも個性豊かな五人の少女。謎の奇巌城に挑む少女たちの「為れぬ密旨」の行方や如何に!?

 ひょんなことから、九戸南部家に仕える学者である父の代りに、藩内で噂される宝物探しに参加することとなった少女・ちせ。持ち前の頭の回転の早さで暗号を解き、宝物の在処を突き止めたちせですが、宝物を狙う悪漢たちの前に窮地に陥ることに……

 という「ちせが眼鏡をかけた由来」から始まる本作は、第一部「江戸少女奇譚の巻」と第二部「大江戸奇巌城の巻」から構成される物語。第一部はこの第一話を含め、五人のヒロインの活躍が描かれる、銘々伝というべき内容となっています。

 病弱な弟の代りに男装して女人禁制の昌平黌に通う浅茅が、構内で起きた女性殺しに挑む「浅茅が学問吟味を受けた顛末」
 常州藩国家老の屋敷に現れた鬼女を巡り、その正体である「毒娘」アフネスの来歴が語られる「アフネスが毒娘と化した秘密」
 青鴫藩の御家騒動に巻き込まれ、身を寄せた尼寺を刺客に襲われた喜火姫が、意外な反撃をみせる「喜火姫が刺客に襲われた次第」
 喜火姫に仕える別式の野風が旅の途中で迷い込んだ、幽霊のような人々が徘徊する不気味な村の謎を描く「野風が幽霊村に迷い込んだ経緯」

 うち、第一・二・四話はいずれも2019年に刊行されたアンソロジーに収録されたものであり、いずれ発表される巨大な冒険の一部であることはその時点で予告されていたのですが――本書でついに五人が勢揃いし、その巨大な冒険、すなわち第二部「大江戸奇巌城」に挑むことになるのです。


 父の名代で最新の学問知識を学ぶために江戸に出てきたちせ。しかし今一つ成果が得られない中、医学館薬品会を見物しに出かけた彼女は、そこで剥製のはずのオランウータンが動き出すという怪事に巻き込まれることになります。
 しかもこの騒動によって、密かに日本に持ち込まれたというロゼッタストーンが破壊されてしまい、展示会は大混乱。ちせも謎のオランウータンに一度は大事な眼鏡を奪われてしまうのですが、それがきっかけで、かつて助けられた謎の少女たち――喜火姫一党と再会することになります。

 そして彼女たちが、江戸で評判を取る兵学講義の背後に蠢く、謎の一団の陰謀を追っていることを知ったちせは、晴れてその仲間に入ることになります。
 誇大妄想としか思えない思想を柱に暴走する敵を追う少女たち。はたしてその陰謀は何を目的とし、如何にして実行されるのか。その中心に潜む、姿なき首魁は何者なのか。そして「空ろの針」こと「奇巌城」とは一体――「為れぬ密旨(ミッション・インポッシブル)」に挑む少女たちの運命や如何に……


 市井に暮らす主人公たちが、ある日突然奇妙な出来事に遭遇し、それをきっかけに幾多の奇人怪人と怪異が蠢く世界に飛び込み、巨大な謎と陰謀の渦中に巻き込まれていく――いささか大雑把なまとめ方かもしれませんが、これが角田喜久雄や野村胡堂、国枝史郎や吉川英治らが描いてきた、かつての時代伝奇小説の典型です。

 そもそも冒頭に触れたとおり、作者はかねてより伝奇時代劇に対する強い愛情を持ち、作品の随所でそれを露わにしてきました。
 これまでも、並木五瓶らがクトゥルーの邪神と対決する「戯場国邪神封陣」を収録した短編集『からくり灯籠 五瓶劇場』のほか、劇中劇のスタイルを借りて伝奇活劇を描いた『黄金夢幻城殺人事件』、あるいは現代と江戸時代を結ぶ「殺人」を描いた『鶴屋南北の殺人』など――さらにいえば『地底獣国の殺人』『帝都探偵大戦』、そして「太平天国の邪神」なども、一種の伝奇時代劇といってよいのではないかと思います。

 それだけに、本作が作者初の時代伝奇小説といってよいか、個人的には疑問に思わないでもありませんが――しかし、先に述べた通りの直球王道の「時代伝奇小説」を志向したものとしては、本作が初めてのものであることは間違いないでしょう。

 それでは本作は、往年の時代伝奇小説のスタイルに則って描かれただけの――もちろんそこには如何にも作者らしいミステリとしての仕掛けが随所に施されているとはいえ――物語なのでしょうか。
 その答えはもちろん「否」であります。


 その理由とは――長くなりましたので次回に続きます。


『大江戸奇巌城』(芦辺拓 早川書房) Amazon

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