芦辺拓『大江戸奇巌城』(その二) 時代伝奇小説というスタイルと機能をフルに活用した快作
芦辺拓がついに発表した「時代伝奇小説」――『大江戸奇巌城』の紹介の後編であります。スタイルの上だけでなく、本作が時代伝奇小説である点、その魅力を活かしている点、それは……
ここから先は、本作の内容に踏み込むことになるのをご容赦いただきたいのですが――本作において五人の少女たちが挑むこととなる一団は、歴史上に実在した人物とその思想をベースとして描かれています。
一言でいえば、この国の在り方に対する誇大妄想と、それと背中合わせの排外思想――それは確かにこの一団を構成する者たちの思想を構成する一部ではあります。しかし本作において描かれるそれは、その引き写しではなく、むしろそれを通じて、現代の我々の周囲においても見受けられるある風潮を描きだしたものといってよいでしょう。
先に時代伝奇小説のスタイルについて大まかに述べました。しかしそれは時代伝奇小説を構成する要素の――そしてこのジャンルの魅力の――一部に過ぎません。ここで時代伝奇小説の持つ機能と言うべきものに注目すれば、そこには、現実の一種のパロディ、戯画というべきものが、色濃く存在するといえます。
今目の前にある現実を真っ正面から描くことが難しくとも、戯画というフィルターを通すことで描くことができる。もちろんそれは、フィクションが普遍的に持つ機能であるかもしれません。
しかし過去の(今ではない)時代を舞台とし、そして時に荒唐無稽とすらいえる設定や登場人物を以て描かれる時代伝奇小説は、本質的にこの戯画を成立させやすい(あるいは内包しやすい)ジャンルであるといえるのです。
そして本作は、この時代伝奇小説の機能を、フルに活用してみせた物語です。
作者の作品においては、その内容を通じて、現実に存在する「悪」を、鋭く剔抉するものがしばしば見受けられます。本作もまた、それを――時代伝奇小説という物語形式を通じて、より鮮烈に、そしてそれと同時によりドラマチックに描いたものといってよいでしょう。
しかし本作の趣向の巧みさは、その戯画としての面白さのみではありません。
本作の最大の特徴である、主人公が五人の少女であるという点――それはあるいは、作者が「好き」だから、「やってみたかったから」というのが最大の理由なのかもしれませんが、しかし作中においては、この特徴が有機的に物語の内容に結びつくことになります。
これはぜひ実際の作品に触れていただきたいところですが、彼女たちがこの戯画を通じて描かれる本作の「悪」と対峙する理由、耳にする者によっては危険な誘惑ともなり得るこの「悪」の囁きをはっきりと拒絶できる理由――そのシンプルにして明確な内容には、思わず膝を打つこと請け合いであります。なるほど、それ故に本作の主人公は「彼女たち」でなければならなかったのか――と。
ちなみに本作の「悪」は、正直なところ、「風刺的」というだけでなく、「滑稽」という意味も含めて、戯画的に描かれているといえます。あるいは、その点に顔を顰める向きもあるかもしれません。
しかし本作は、そんな連中がここまでになってしまった点にこそ、その恐ろしさがある――言い換えれば、その点において確実に我々の現実に繋がっている――ことを描いていることを忘れてはいけないでしょう。すなわち、「悪」の存在もまた、物語と有機的に結びついているのであります。
スタイルだけでなく機能の上でも、「時代伝奇小説」という物語形式をフルに活用し、それを物語の内容と、そして最大の特徴である少女主人公たちと有機的に結びつけてみせた本作。
それは、これまで時代伝奇小説を描くべく腕を撫してきた――そして何よりも、これまで数々のトリッキーな作品を描きつつも、その中で「現実」を描くことに力を注いできた、この作者ならではの快作であることは間違いありません。
もっとも、細かいことを言ってしまえば、終盤に五人の少女が集結してからは、些か各自の個性が見えにくくなった感があったり、ラストに描かれる主人公たちのその後に選んだ道は、ちょっと悪い意味で直球過ぎるのでは、という気がしないでもありませんが――この辺りはまあ、個人の好みの問題であるかもしれません。
今はただ、本作に次ぐ新たな作者の時代伝奇小説――作者がかつて予告した『大江戸黒死館』の登場を楽しみに待ちたいと思います。
(と、これは厭なマニア全開の蛇足ですが)
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