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2023.05.06

『八百万黒猫速報』第1巻 人間と妖魔のシビアな狭間を駆ける男

 人間と妖魔が衝突し合う明治時代を舞台に、黒猫の妖魔という正体を隠しながら、人間と妖魔の間を繋ごうとする巡査・黒井の戦いを描く物語であります。はたして人間と妖魔は共存できるのか――黒井の苦闘は続きます。

 時は明治30年代、近代化の光が闇に潜んでいた妖魔たちを照らし、人間たちによって取り締まられ、駆逐されていく時代――同僚の勝呂や間部とともに妖魔への対応に当たる巡査・黒井の正体は、実は黒猫の妖魔。
 豆腐小僧を追っていた黒井は、同僚をうまく撒いて豆腐小僧を逃がしたものの、黒猫に変じたところを、情報で食っているという怪しげな男・篠田に見つかり、弱みを握られてしまうことになります。

 自分を記事のネタにしようとする篠田に付きまとわれたまま、とある商家の蔵に現れた妖魔の調査に向かった黒井。店の主人は珍しく妖魔に寛大であったものの、篠田に脅された黒井は、妖魔を追うことに……


 政治体制の変化というだけでなく、社会の在り方や文化までもがきわめて大きな変化を経験することになった明治時代。そしてその変化は、人間の社会におけるものだけではなかった――というのはもちろんフィクションにおける話ですが、明治の世を舞台に、これまでとの在り方を変えることになった人ならざる者を描く物語は少なくありません。

 本作もまたそんな物語の一つですが、しかし人間と人ならざる者、妖魔の間に大きな緊張関係があることが、一つの特色であるといえます。国家権力が人間に対するのと同様に妖魔を取り締まり、裁く――かつてあったような人間と妖魔の距離感が、ネガティブな意味で、なくなってしまった世界が、ここにはあります。

 そして主人公である黒井は、その距離感のなさをポジティブなものに変えるべく奮闘しているといえるかもしれません。妖魔でありながら人間の姿で巡査となり、人間と妖魔の狭間に起こる事件を解決しようとする――それは決して妖魔を利するためではなく、人間と妖魔が共存できる、いや少なくとも互いが傷つけ合うことを避けるためなのですから。

 しかしもちろん、その道は決して容易いものではありません。
 妖魔の力で以て町を炎に包み、万単位の被害者を出す妖女。口から繭を吐く奇病を流行らせる奇怪な妖魔――この第一巻に登場するだけでも、黒井が挑むのは、その強力な力で人を害する存在であり、そして当然のことながらそれに対する人間の恐れと憎しみは、妖魔全体に向かうのですから。

 そんな中で、黒井は同僚にも正体を明かすことができず――いやむしろ正体がバレれば自分が討伐されかねない状況で、孤独な戦いを続けることになります。
 そんな中で唯一彼の正体を知る篠田も、少なくとも第一話の時点では彼を脅し、利用する気満々で、黒井の戦いは前途多難としか言いようがありません。


 ――という本作なのですが、個人的にはこの第一巻の時点では、シビアな人情(妖情?)ものとでもいうべき部分と、一種バトルもの的な部分の食い合わせが今一つという印象であったのが、残念なところではありました。

 むしろある日の黒井の報われぬ奮闘を描いた巻末の番外編の方が、設定とマッチした物語になっているのでは――というのは、これももちろん個人の感覚ではありますが……


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