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2023.05.01

上田秀人『辻番奮闘記 五 絡糸』 長崎包囲陣!? 辻番vs牢人再び

 江戸から長崎に舞台は移っても、平戸藩の辻番頭・斎弦ノ丞の奮闘は続きます。長崎奉行に睨まれつつも任をこなさなければならない上に、松平伊豆守から厄介極まりない密命を下された弦ノ丞。いよいよ長崎の状況が不穏の度合いを強める中、弦ノ丞の四面楚歌の戦いは続きます。

 平戸藩松浦家の辻番として、江戸で起きた数々の事件から主家を救い、国元に戻った弦ノ丞。折しも松浦家が長崎警固の助役を命じられることになり、下調べのため長崎に派遣された弦ノ丞ですが――そこで長崎奉行・馬場三左衛門利重に目を付けられ、何と長崎の辻番を押しつけられることになります。
 折しも島原の乱の直後で島原には牢人があふれ、行き場をなくした彼らが長崎に流入、治安が悪化する中で辻番の仕事も増加。しかしそれだけでなく、かつて平戸藩も関わった密貿易事件の背後に土井大炊守の存在がなかったか、松平伊豆守に調査を命じられる羽目に……

 というわけで相変わらず難題山盛りの弦ノ丞。今回も開幕早々、馬場三左衛門から厄介払いとばかりに押し付けられた、当の密貿易事件に関わる書付を巡り、先代もこの件に関わっていた長崎代官・末次平蔵ともども、頭を抱えることになります。
 老中でも最も力を持つ松平伊豆守の命には逆らえない。しかし一歩間違えれば御家の存亡に関わりかねない調査結果を表に出すわけにもいかない――弦ノ丞の悩みは続きます。

 しかし目下の彼の任務はあくまでも長崎辻番であります。松平伊豆守の密命があるといえど、まずは長崎奉行の命をこなせなければ、どんな難癖をつけられるかわかりません。
 そこで弦ノ丞以下長崎辻番たちは、厳罰体制を以て臨むのですが――豈図らんや、状況は既に手遅れとなっていたとは。


 本シリーズの発端でもある島原の乱で主家がお取り潰しとなった、島原と天草の牢人たち。帰農したり他家に移れた者はごくわずか、残りは行く当ても将来の望みもないという状況で、彼らが頼りにするものといえば、容易に想像できるでしょう。
 そう、ただ一つ彼らに残された刀――すなわち暴力によって、長崎に迫る牢人たち。もちろん、松浦家だけでなく、長崎警固役である黒田家・鍋島家が取り締まりを行っているものの、経験と覚悟で勝る牢人たちは、次々と警固役を各個撃破していきます。

 そうなれば、仮に家中の者が討たれたとしても口を噤んでしまうのがこの時代の大名家であります。
 そして密かに追加の人員を長崎に送ろうとしても、既に長崎に通じる峠を押さえた牢人たちによって全てが討たれる始末。さらに討った者たちの衣服を奪い、警固役に扮した牢人たちが――と、長崎奉行所が、そして弦ノ丞たち辻番が知らぬうちに、長崎は牢人たちによって包囲・掌握されることに……

 いやはや、長崎に流入する牢人たちの問題はこれまでの物語でも描かれてきましたが、個々の戦闘力でいえば辻番たちの方が上。そして物語においても、長崎を巡って展開する幕府上層部の争いや、奉行所との関係に苦慮する弦ノ丞=松浦家の姿の方がメインとなってきた感がありました。
 それがここに来て一気に牢人たちの姿が前面に出てきた――それもここまで大掛かりかつサスペンスフルなifを用意してくるとは、予想だにしませんでした。

 いや、考えてみれば本シリーズは、その当初から主持ちの武士と牢人の対立を描く物語であり、その両者――「家」の中の武士と、その「外」にいる牢人の間に立つ存在として辻番を描いてきました。
 だとすればここで再び弦ノ丞たち辻番が牢人たちと対峙することは、むしろ必然というべきなのでしょう。


 そして物語では、本シリーズのもう一つの要素――幕閣同士の、すなわち松平伊豆守と土井大炊頭の暗闘が、いよいよ革新に迫っていくことになります。家康から直接土井大炊頭が受け継いだある品物――それがはたしてこの先物語で如何なる意味を持つのか、そして誰の手に渡るのか。何よりも、それが弦ノ丞と松浦家に与える影響は……

 様々な側面からクライマックスに向かっていく動いていく物語が、どのように落着することになるのか。先が見えないだけに大いに気になるところです。


『辻番奮闘記 五 絡糸』(上田秀人 集英社文庫) Amazon

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