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2023.05.30

アントンシク『天晴爛漫!』 自動車の創世期と西部開拓の終わりと日本男児と

 2020年に放送された同名のアニメを、キャラクター原案を担当したアントンシクが漫画化した作品であります。思わぬ成り行きでアメリカ大陸に渡り、大陸横断レースに参加することになった日本人青年・天晴と小雨。強敵たちを相手に奮闘する彼らのレースの先に待つものは……

 時はおそらく明治後期、大商人の次男坊ながら家業も手伝わずにカラクリ作りに明け暮れる青年・空乃天晴。彼と旧知の間柄だったためにお目付役を押しつけられた一色小雨は、天晴の出奔を止めようとして、かえってそれに巻き込まれることになります。
 その結果、天晴作の小型蒸気船・天晴号で沖に出てしまい、漂流する二人。辛うじてアメリカ船に救出された二人は、ロサンゼルスに到着したものの、文無しで帰国の当てもありません。折しも自動車の普及を目指す三大自動車会社がアメリカ大陸横断レースを企画、それを知った天晴は、天晴号を改造してレース参加を目指すことになります。

 そんな中で、BNW社の御曹司アルや、レーサー志望の少女・景夏蓮と出会う天晴たち。そして父の仇を探すネイティブアメリカンの少年・ホトトをガイドとして仲間に加えた天晴たちは、ついにレースに参加にこぎ着けます。
 天晴やアル、夏蓮の他に参加するのは、伝説のアウトロー「サウザンドスリー」の一人でありGM社に雇われたディラン、同じくサウザンドスリーの一人でアイアンモーターズに雇われたTJ、更に残る一人である「虐殺のギル」までも……

 開始早々、ギル一味の卑劣な妨害工作によって混乱するレース。しかし実はこのギルは偽物、皆ギルの影に怯えていただけだったのですが――しかしその直後、出場者たちが次々と襲撃を受け、死者も出ることになります。
 思わぬ事態となりながらも、コースを変更して続行することとなったレース。しかし残った選手たちの前に、真のギルが現れ……


 アメリカ大陸横断というのはやはりロマンをかき立てられる題材らしく、現実のレースのみならず、フィクションの世界でも様々に取り上げられる題材であります。

 現実にはマラソンや自転車がほとんどで、自動車レースというのはあまりないようですが、しかしそれだけにフィクションでは扱い甲斐があるということでしょうか。本作は、大陸横断に加えて、自動車創成期、そして西部開拓時代の末期を重ね合わせることで、独特の空気を生み出しているといえるでしょう。
 その象徴が、個性豊かな出場者が駆るワンオフの自動車であり、そしてサウザンドスリーに代表されるアウトローたちといえます。

 しかし本作はこうした様々な要素を、さらに異質な存在――言うまでもなく、日本から裸同然で飛び込んできた、しかも蒸気機関を動力とする自動車を駆る――である天晴(と小雨)を主人公とすることで、不思議なバランス感覚でもって成立させているといえます。


 さて、この漫画版は、冒頭に述べたようにキャラクター原案を担当したアントンシクが描いた作品であります。しかし作者の連載デビューが時代伝奇の『ガゴゼ』、本作の一つ前の連載が時代劇+西部劇の『恋情デスペラード』(さらに前には一種のテクノロジーものである『リンドバーグ』も)であったことを思えば、本作は元作品へのコミット以上に、作者向きの題材という印象もあります。

 実のところ本作は作者のオリジナル作品と言われても納得のできるクオリティで、キャラクターの柔らかい描線と、アクションなどのハードな描写を同時に描ける作者ならではの世界が十分に展開されているという印象があります。
 少なくとも、先に述べたような様々な要素が重なり合う本作を違和感なく成立させてみせる画は、作者ならではといってよいでしょう。

 ちなみに本作は、元作品のキャラクターとストーリーをかなり忠実に踏まえているのですが、大きく異なるのが、ホトトの仇の正体とその最期、そして武術の達人でありながら過去のトラウマで刀を抜けなかった小雨の覚醒のくだりであります。
 元作品ではこの二つは、中盤に一つのエピソードの中で描かれるのですが、本作では終盤に別個に展開。それぞれに好みはあるかと思いますが、前者はその残酷さ・良い意味の(?)悪趣味さにおいて、後者は純粋に盛り上がりという点において、漫画版の方が好きだな、と個人的には思います。

 終盤はレース以上に陰謀との対決がメインとなってしまった感もありますが、それはそれでレースものの王道。全三巻というボリュームも短すぎず長すぎず、よくまとまった佳品という印象であります。


『天晴爛漫!』(アントンシク 角川コミックス・エース全3巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon

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