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2023.05.20

森岡浩之『夢のまた夢 若武者の誕生』 豊臣家を動かすシステムを描く異色作――?

 『星界の紋章』シリーズで知られるSF作家・森岡浩之が2011年に発表した作品の文庫化であります。秀吉亡き後、英邁な君主に成長した豊臣秀頼に仕える奥小姓の少年を主人公に、豊臣と徳川の決戦となった大坂の陣の始まりと、若武者の誕生を描く物語――なのですが……

 死の床に五大老五奉行に加えて幼い秀頼を呼び、十二カ条の遺言を残して亡くなった豊臣秀吉。その遺言を守って文武に励んだ秀頼は、「上様の御新儀」と呼ばれる様々な新施策を考案する、名君に成長するのでした。

 一方、本作の中心となる少年・神照庚丸は、親の顔も知らぬ孤児ながら、育ての親である浄林和尚の伝手で大坂城に上がり、この秀頼の奥小姓となります。
 「上様の御新儀」に振り回されたり、同輩たちと賑やかに暮らしたりという毎日を送る庚丸ですが、時あたかも豊臣と徳川の対立が深まり、いよいよ手切れも間近という時期であります。

 徳川からは無理難題が突き付けられ、さらに徳川との交渉役である片桐且元の扱いを巡り、豊臣家内部にも不穏の空気が高まります。
 そしてそんな中、ついに元服し、戦に向けた準備に奔走する庚丸。彼は浄林が実は意外な人物の後身であること、そして浄林と自分の父との過去を知ることになります。

 そして浄林らを配下に加え、ついに初陣に出た庚丸は、藤堂高虎の陣に奇襲をかける長宗我部勢の別働隊として、戦場に立つのですが……


 冒頭に触れたとおり、本作は十二年前に『夢のまた夢 決戦!大坂の陣』のタイトルで刊行された作品の文庫化(恥ずかしながら書き下ろしだと思いこんでおりました……)。
 森岡浩之といえばやはり綿密に世界観を構築したSF小説の印象が強く、はじめはこの作者が何故――と感じましたが、なるほど、色々な意味で「らしい」というべき作品であります。

 上に述べたとおり、主に一人の少年の視点に重ねて、大坂の陣の開始までを描く本作ですが、その視点が秀頼の奥小姓――すなわち、当時の豊臣家の、中心に近いけれども高くはない身分というのが、まず本作のユニークな点の一つでしょう。

 これまで大坂の陣における豊臣家を描く際には、まず大抵の場合、そこに集った武将(大将クラス)たち、あるいは秀頼や淀君といった中枢の視点から描かれる作品であったといえます。
 そこで描かれるのは、必然的に徳川との決戦における、大所高所からの物語でした。しかし本作はその視点をずらすことにより、別の過程を――つまり意思決定ではなく、その結果を実現する、システムを詳細に描いていくことになります。

 その代表格が、「陣中張文」と呼ばれる豊臣軍法であります。数は多いものの、様々な立場の、身分の者たちによる寄せ集めの度合い軍を、如何にまとめ、動かしていくか?
 そのための手段としての軍法と、そこに定められた様々なシステム――軍の構成や構成員の識別方法、武装や兵站に至るまでを、本作の後半では微に入り細を穿つ形で描いていくことになります。

 正直なところ、この辺りはあまりに詳細すぎて、物語のテンポを削いでいるきらいもあるのですが、あるいはこれを描くことが本作の目的なのでは――と思っていれば、なんぞ知らん、それが中らずと雖も遠からずであったとは。


 実は本作には、時折(前半の章の最後の文章に)、奇妙な記述が織り交ぜられていることに気付きます。そして読んでいて時折こちらの頭によぎる違和感――はたしてこれが何を意味しているのか?
 というところで、私のようなひねくれた読者は「ははあ、これはアレかコレかのどちらかではないのかな」などと予想してしまうのですが――いやはや、その趣向が、本作のタイトルに繋がるものであったとは、さすがに思いもよりませんでした。

 そしてそこからさらに、ある仕掛けを用意しているのもまた楽しい本作(まさかこちらの受ける印象まで込みだったとは……)。
 直球の歴史小説を期待していた向きにはどうかわかりませんが、変化球が大好きな方であれば大喜びするであろう、何ともユニークな作品であります。


『夢のまた夢 若武者の誕生』(森岡浩之 徳間文庫) Amazon

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