三好昌子『室町妖異伝 あやかしの絵師奇譚』 人の負の心が生み出した地獄絵図の中で
応仁の乱前夜を舞台に、この世ならざるものを感じ、交感する力を持つ絵師・土佐光信を主人公とした『幽玄の絵師 百鬼遊行絵巻』の続編であります。ついに応仁の乱が始まり、地獄と化した京の中で筆を振るう光信は、妻のため、友のため、再びこの世ならざるものたちと向き合うことになります。
幕府のお抱え絵師として、足利義政の命を受けて筆を振るう土佐光信。幼い頃からこの世ならざるものたちの存在を感じ、意思を交わしていた光信は、時にその能力故に妖が絡む事件に巻き込まれ、そして時にその能力によって窮地を逃れることになります。
そんな中、義政という人物の複雑な内面に触れることになる光信。大名同士を争わせることによってその力を削ぎ、将軍家を再興しようとする義政には、妖童子なる妖物が取り憑くことに……
本作は、このような結末を迎えた『幽玄の絵師 百鬼遊行絵巻』の完全な続編であり、設定や登場人物も、前作を完全に引き継いだ形となります。そんな本作が前作と大きく異なる点は、舞台となる時期――前作は応仁の乱の前夜というべき時期であったのに対して、本作では乱が始まり、その恐るべき惨禍が広がっていく様が描かれます。
前作ラストで義政についた謎の妖物・妖童子――人の中の悪を、混沌を好むかのようなこの妖物に力を与えられた義政により、乱は加速度的に状況を悪化させていくことなります。一方、一族を郊外に避難させた光信は、避難を拒否した妻の小萩とともに室町御所に残り、引き続き義政に仕えるのでした。
そんな背景で展開する本作は、三つのエピソードで構成されています。
御所の御縫所で働いていた小萩が、寅若(後の義尚)呪殺を企てたという疑いをかけられ、御所に住まう妖・つづれと親友の箕面忠時の力を借りて、光信が真犯人を探すことになる「妖天」
戦が激化する中、後花園上皇から仏画を依頼されて悩む光信。そんな中、乱戦の中で忠時が消息を断ち、懸命に忠時を捜した光信が再会した彼は、まるで別人のように変貌していて――という「慟天」
足利義視に招かれ、不思議な神獣が現れた夢の解釈を求められた光信が、それをきっかけに義視を御所から逃す手助けをすることになり、そしてついに義政の中の妖童子の正体を知る「炎天」
将軍の御座所である室町御所に居りながら、御所の内部の暗闘に巻き込まれ、あるいは親しい者たちを守るために、御所の外の世界に足を踏み入れる光信の姿が、いずれのエピソードでも描かれることになります。
しかし御所の外は死屍累々、その死体からも物を奪う者たちが横行する、まさしく地獄絵図。そしてそこでは、夜毎体中を白く塗って念仏踊りをする千万衆が練り歩き、そして死体の上には無数の火蛾が飛び交うという、何とも混沌とした状況にあります。
さらに光信の目には、京の上の空に生じる不気味なひび割れが映ります。あたかも地の混乱と同調するように空のひび割れは広がっていく――そんな黙示録的ですらある世界の中を、光信は奔走するのです。
しかし本作において光信に勝るとも劣らぬウェイトで描かれるのは、本作の表紙に描かれた二人――忠時とつづれであります。身分は武士でありながら争いを厭い、一時は作事方についていた光信の親友・忠時。そして本作から登場するつづれは、御所のあちらこちらに出没する針の妖物なのです。
身分どころか、人と妖という大きな隔たりがあるものの、光信をそれぞれの立場から助け、それぞれのやり方でこの地獄絵図に抗おうとする二人。そんな二人の姿は、人も妖も同じ天地の住人として当然のように存在する、本作の物語世界の象徴と感じます。
(そして同時にこの二人は、この時代を生きた――そしてあらゆる時代を生きる――声なき声の代表としても感じられます)
しかし本作で描かれる事件は、いずれも妖の存在が関わってはいるものの、実はそれを引き起こしたのは人の負の心であるといえます。そしてその最たるものが応仁の乱であることはいうまでもありません。
その一方で、本作のクライマックスにおいては、光信とこの二人、そしてこれまで物語に登場した様々な人間・妖が、それぞれの立場を(時に怨讐を超えて)手を取り合う姿もまた、描かれることになります。それはこのやりきれない「現実」に対する、一つの希望の姿といえるのではないでしょうか。
しかしまだまだ乱は、そしてその先の混沌は続きます。そんな中において、光信の物語は、妖の存在を通じて人の世の姿を切り取ってきました。この先の彼の物語にも、期待したいところです。
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