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2023.06.26

宮本福助『三島屋変調百物語』第1巻 「語り」を画で描いた珠玉の漫画版

 『拝み屋横丁顛末記』の宮本福助が、宮部みゆきの『三島屋変調百物語』を描くという、豪華顔合わせによる漫画版第一巻が刊行されました。故あって生家を離れて江戸に出た少女・おちかが、様々な人々が胸に秘めてきた怪異譚を聞く、奇妙な百物語の開幕編であります。

 ある事件がもとで川崎宿の旅籠を離れ、叔父の伊兵衛が営む江戸神田三島町の袋物屋・三島屋に身を寄せることとなったおちか。気を紛らわすように三島屋で奉公人に混じって働いていたおちかですが、ある日急用で出かけることとなった伊兵衛に代わり、来客の相手をすることとなります。
 しかし藤吉と名乗る客が、部屋の外に咲いていた曼珠沙華を見て具合を悪くしたのをきっかけに、おちかは彼が何故曼珠沙華を恐れるようになったか、その過去を聞かされることになります。

 幼い頃、親代わりだった兄・吉蔵を慕っていた藤吉。しかしふとしたことがきっかけで吉蔵は人を殺めて遠島になり、藤吉は涙ながらに見送ることになります。しかしその後、人殺しの弟として辛酸を舐め、吉蔵のことを周囲に隠して生きてきた藤吉は、島から帰ってきた吉蔵に、強い恨みを抱くようになるのでした。
 そして兄に殺された相手の霊に、兄の死を望むようにすらなった藤吉ですが……


 まず、単行本の表紙を見た時点で、美しくももの悲しく、賢明に何かを堪えているようなその表情に、「おちかだ! おちかがいる!」と思わされるほど、完璧なビジュアライズを行っている本作。もちろんおちか以外の登場人物たちも皆イメージ通りで、違和感というものはありません。
 しかしそれと同時に――あるいはそれ以上に感心させられるのは、単純にビジュアライズだけでなく、原作の独特の物語構造を、漫画というスタイルに的確に落とし込んでいる点です。

 本作は「百物語」――すなわち、語り手の「語り」によって進んでいく物語であることはいうまでもありません。しかしそれを漫画にするというのは、実はかなりの困難がつきまといます。
 単に語りの内容を描くだけでは足りず、それを語る人間の姿を並行して描く――小説であれば一人称を用いて描けますが、しかし漫画においてそれを違和感なく描くには、原作の内容を踏まえた上で、慎重な再構成が必要になります。

 そしてそれを本作は、見事に成し遂げています。特に上で紹介した最初のエピソード「曼珠沙華」は、語り手の顔が、表情が大きな意味を持つ物語ですが、その変化を的確に、克明に描く筆には、ただ唸らされるばかりです。そしてクライマックスで描かれる、原作では読者が想像するしかなかった「それ」の凄まじさたるや……

 しかしさらに見事なのは、そこに恐ろしさだけでなく、胸が塞がるような哀しみを――すなわち、その背後にある、どうにもならない人の情を、人の業を、克明に浮き彫りにして見せた点でしょう。
 ここに記すのも恥ずかしながら、初めて読んだ時、私はクライマックスからラストまで、涙が止まりませんでした。もちろん怖いからではなく、そうなってしまった、いやそうならざるを得なかった人々に対する哀しみのために……


 この「曼珠沙華」は、物語(シリーズ)全体で見れば、プロローグというべきエピソードであります。しかしその始まりにおいて、これほど完成度が高いものを見せられては、この先にも期待するほかありません。
 この巻には、続く第二話「凶宅」の冒頭まで収録されていますが、あの恐ろしすぎる、厭すぎる物語をどう描くのか――怖いもの見たさとしか言いようがない気持ちですが、しかしそこに描かれるのが、様々な意味で極上のものであることだけは、間違いないでしょう。


『三島屋変調百物語』(宮本福助&宮部みゆき KADOKAWA BRIDGE COMICS) Amazon

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