廣嶋玲子『妖たちの気ままな日常 妖怪の子、育てます』 賑やかな九編収録の短編集
児童書版の刊行も快調に進む『妖怪の子、育てます』シリーズの第三弾は、オールスターキャストの短編集。弥助と千吉をはじめとするいつもの面々やちょっと珍しい顔まで、様々なキャラクターたちの賑やかな騒動が楽しめる全九編であります。
弥助を救う代償に、大妖・千弥が全ての記憶と力を失って赤子に転生してから六年。かつては千弥が幼い弥助の育ての親でしたが、今は弥助が千吉の親代わり――しかし関係は逆転したものの、お互いにベタベタの甘々であることは変わりません。
弥助は今も妖怪の子預かり屋を続け、そして千吉は弥助を守るために西の天宮の奉行・朔ノ宮に弟子入りし――というのが、この巻までの基本設定であります。
そして冒頭の「軒先にたたずむもの」は、千吉が修行で家を留守にしている間の弥助を主人公とした物語です。家の外にたたずんでいた顔を隠した娘の妖怪が、人恋しそうな様子なのを見て家に招き入れた弥助。一言も口を利かない彼女に対して、弥助は世間話や自分の身の回りのことを語りかけるのですが――という一編であります。
個性的な妖怪とその哀しいさだめ、そしてそんな妖怪たちを優しく受け止める弥助と、基本的にはいかにも本シリーズらしい妖怪人情話(?)なのですが、その中でヒヤリとするような人間心理を描く辺りもまた、作者らしいというべきでしょう。
その一方で、別の意味で作者らしさを強烈に感じさせるのが、「迷子のへちま」であります。長い顔で「へちま」と渾名される貸し道具屋の若旦那・宗太郎が、道で小さな手鏡を拾ったことで迷い込んだ不思議な空間――そこに立つ家の中で、彼は座敷牢に入った少女・おこまと出会うことになります。
鬼に虐待され、ここに隠れているというおこまを連れ出すと決意した宗太郎。しかし二人の前に、その鬼が現れて……
ほのぼのとしたタイトルとは裏腹に、ここで描かれるのは、強烈なまでに生々しい児童虐待の姿。ファンタスティックでユーモラスな物語を描く中で、時に胸が苦しくなるほどの悪意の姿を描く作者ですが、本作もその一つといえるでしょう。
しかし悪意に押し潰されるだけが人間ではありません。本作の宗太郎のように、悪意に抗い、そして苦しむ者を助けようという者の姿もまた、作者は描いてきたのですから。
(本作の後半、宗太郎による一種のカウンセリングというべき語りかけはただ圧巻)
そしてその先に待つのは――苦いものの、しかしその一方で微笑ましさもある、特に猫好きであればたまらない結末の物語であります。そして猫といえば――若旦那もこの先大変です。
そのほかにも――
弥助不在の間に千吉が仲の悪い三兄弟の妖怪を預かる「仲の悪い三兄弟」
年に一度の夫との蛍狩りが中止になって鬱憤を溜める華蛇・萩乃の姿を描く「蛍狩り」
玉雪にとんでもない茶飲み仲間ができてしまう「秘密の茶飲み仲間」
子だくさんに悩む蛙の青兵衛夫婦が引っ越し先を探す「蛙達の家探し」
冬のあやかし・細雪丸の下で冬を過ごす妖怪・なきの目に映る千吉の姿「冬の訪れ」
弥助と千吉、久蔵一家が、賑やかに年越しの餅つきに興じる「年末の餅つき」
朔ノ宮の従者である犬神の鼓丸に隠された意外な秘密「鼓丸の毛」
お馴染みのキャラクターの日常や意外な素顔などが賑やかに描かれるのは、第一シリーズから通算十三作に及ぶ作品世界の広がりがあってこそ。シリーズファンにはとても楽しい物語が並びます。
ちなみにその中で驚かされたのは「秘密の茶飲み仲間」。いつも弥助と千吉を陰ながらフォローしてきた彼女が抱える、小さくて大きな秘密は――これはもしかしてもしかするのか!? と思わぬところでニヤニヤさせられました。
(本当にあのキャラの周囲は感情が重い奴ばかりなので、このくらいの方が釣り合いが取れるのでは……)
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