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2023.06.01

重野なおき『雑兵めし物語』第2巻 グルメと歴史と――ラブコメと!?

 この5月29日には重野なおきの歴史四コマが三社三冊同時発売されましたが、本作もその一つ。前巻同様、戦国時代まっただ中の信濃を舞台に、歴史の陰で、しかし懸命に生きた雑兵(と同居人)の生き様が、食を通じて描かれます。そして今回、舞台は信濃を離れて越後にちょっとだけ移ったりも……

 天文十七年(1548年)、武田晴信と小笠原長時の塩尻峠の戦いで、身を寄せた小笠原方が敗北して必死に落ち延びる雑兵の作兵衛と豆助。その途中作兵衛は、武田軍の攻撃で家族を失った武家の姫・つるを拾うことになります。
 もはや行く宛もないつるを見捨てるわけにもいかず、使用人の名目で家に住まわせた作兵衛。実は滅茶苦茶くいしんぼうだった彼女に手を焼きつつ、作兵衛は日々の暮らし(主に食事)に励むことに……

 というわけで、作者の他の歴史四コマと異なり、ほとんど歴史に絡まない(もちろん、舞台となる信濃の歴史には少し絡みますが)本作。当時の戦国武将は武将で生き残りに色々と大変でしたが、少なくとも衣食住に苦労はなさそうなあちらとは異なり、少しでも気を抜けばあの世行きのハードな生活が、基本コミカルに、そして時に生々しく描かれることになります。

 特に本作の主人公である作兵衛(と豆助)は、専業の雑兵。普段農業に従事し、何かあったら雑兵へ――というのではなく、普段は村の用心棒や仕事の手伝いをして暮らしているのですが、非正規雇用だけに色々と厳しい状況にあります。
 言うまでもなく当時は戦が日常の世界ですが、それでも四六時中戦をしているわけではありません。しかし戦がなければ作兵衛のような男は――いや、「専業」ではない村の人々も――干上がってしまうのです。

 この巻の裏表紙には「戦が無くて滅んだ村があるって噂だが…あれ本当かもな…」という作兵衛の言葉が引用されていますが、この時代の農民にとって、戦はただただ迷惑、というだけでなく、益になっているというのは、やるせない話ではありますが、事実なのでしょう。
(その他にも、山境を冒した隣村と戦になりかけたと思ったら、やな形で手打ちになったりと、リアルさ満点……)

 しかしもちろん、人間何とかして喰わなくてはなりません。幸いというべきか大の料理好きである作兵衛は、野にあるものも様々に利用してサバイバルすることになります。
 どじょうの味噌汁、おやき、ヘビの串焼き、なまずのかまぼこ――味の想像がつくものもあれば、想像を絶するものもありますが、しかしいかにもグルメ漫画のキャラっぽい(?)つるのリアクションもあって、何となく伝わってくるのが楽しいところです。


 さて、冒頭に述べたとおり、本作は信濃を舞台としつつ、この巻では越後を舞台としたエピソードがあります。
 塩を買うため、顔なじみのなんでも屋の依頼を受けて、越後に塩の買い付けに向かうことになった作兵衛・豆助・つる。普段は山に囲まれた土地で暮らしている彼らが海を見てのリアクションは、お約束といえばお約束ですが、実にほほえましいものがあります。

 しかしこの時代の越後といえば――そう、上杉謙信、いや長尾景虎。もちろん作兵衛たちが積極的に関わるわけではないのですが、思わぬ成り行きから鬼小島弥太郎と共に登場した景虎はさすが戦闘のプロというべき強さであります。
 ある意味クロスオーバーで、ニヤリとさせられるゲスト出演ですが、そこで雑兵と武将の格の違いを見せるのは、前巻の馬場信春同様、本作の巧みなところでしょう。
(ちなみに作兵衛の地元の小笠原氏から、山家昌治が登場するのにはちょっとびっくり)


 グルメものとして、歴史ものとして、変わることなく魅力的な本作。しかしこの巻では、新たな魅力が前面に出ることになります。それはラブコメ――!
 先に述べた通り、つるを使用人として、一つ屋根の下で暮らしている作兵衛。二人の関係は、あくまでもそれだけ、のはずなのですが――しかしこの巻では折りに触れてお互いを意識しまくる姿が何とも初々しいというか微笑ましいというか早く結婚しろというか……
(と思ったら別の作品でもっとすごいのが来るとは!)

 楽しいのは、それが同じものを食べる、一つの食卓を囲むというところから生まれている関係性であることでしょう。本来出会うはずのない二人が、食を通じて結びつく――実に本作に相応しいと感じます。
 とはいえ、二人が素直になるのは当分先になりそうで、それまではやきもきさせられることになりそうです。もちろん、それもまた良しであります。


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