白井恵理子『黒の李氷・夜話』第1巻 悲恋譚の始まり 不老不死の少年と輪廻転生の少女
『STOP! 劉備くん』の白井恵理子の代表作の一つ――永きに渡る中国の歴史に幾度も顔を出す不老不死の少年・李氷と、数知れぬ転生を経て彼と出会い、悲恋を繰り返す永遠の恋人の姿を描く、連作シリーズであります。この第1巻においては、夏・後漢末期・唐を舞台とした物語が描かれます。
紀元前17世紀、老師の碁の相手に飽きて、下界に降りた少年・李氷。そこで地縛霊の妹嬉によって底なし沼に引き摺り込まれた彼は、沼から出ることと引き換えに、彼女を反魂の術で甦らせるのでした。
そのまま一眠りして起きてみたら五年経っていた李氷。そして彼が知ったのは、夏の帝桀の王妃に迎えられた妹嬉が帝を操って暴政を行い、自分以外の美女を次々と血祭りに上げているという事実でした。妹を殺され、夏に攻め上がる男装の美女・成湯に惹かれ、彼女に助太刀することとなった李氷が見た、夏の真実とは……
その歴史の長さや複雑さによるものでしょうか――中国の歴史を舞台に、不老不死の存在が様々な時代に顔を出し、歴史上の事件に関るという物語は、色々と見かけるように思います。本作もその一つ、トリックスターめいた少年・李氷が中国の様々な時代に姿を現し、様々な怪事に巻き込まれることになります。
本作の第一巻には、上記の「夏朝幻想」のほか、二話を収録しています。
「通魔鬼」では、後漢末期に姿を見せた李氷が、新興宗教である五斗米道の教母とその娘・張魯と対面。李氷すら感心するほど綺麗な気を持つ教母が抱えた悲しみと、心中の魔を知ることになります。
そして「冬虫夏草」は、唐の太宗が死の床にある中、相次いで死体が甦るという現象が発生、長安に現れた李氷が、太宗に仕える魏徴と共に真相を追うという物語であります。
このいずれのエピソードも、題材選びの面白さもさることながら、そこからの物語展開の妙やひねりの加え方が実に魅力的。特に第一話のちょっと意外すぎる真相には仰天すること請け合いであります。
そしてまた、そこで描かれる人間の心の動きに対して、善悪というものを超越した皮肉な視線を向ける李氷の存在は、歴史の意外な裏側を描く物語に似合っていると感じます。
しかし同時に本作は、そんな李氷の運命的な、そして悲劇的な恋を描き続けることになります。
成湯、張魯、魏徴――いずれも歴史上の人物ですが、本作においては全て女性、それも皆同じ顔を持つのです。李氷のような存在であればともかく、数百年、いや時には千数百年離れた時代に、同じ姿の人間が生きている――第三話に登場した玄奘は、李氷に問われてこれを輪廻転生と語ります。
しかし出会うたびに、一度は惹かれ合い、近づきながら、結局はすれ違い、時に憎まれて終わることになる二人の関係は、まさしく悲恋というべきでしょう。
先に述べたように、人間の心には無頓着で、時に悪魔めいた顔を見せる李氷が、「セイちゃん」にだけはごく普通の少年めいた顔を見せるのも面白く――と言っては申し訳ないのですが――次はどの時代でどのような形で二人が出会うのか、そしてこの恋がいつか実ることがあるのか、興味を惹かれます。
しかし問題は、何故セイちゃんが輪廻転生を続けて様々な時代に生まれるか、ですが――その途轍もない真相が描かれる続巻についても、いずれご紹介したいと思います。
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