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2023.06.07

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第11巻 終わりの始まり そして鷹は……

 将軍家茂の三度目の上洛に従い、大坂に向かった伊庭八郎。奥詰衆としての勤めに励む八郎ですが、その間も状況は刻一刻と緊迫の度合いを強めていくことになります。そしてその果てに八郎を待つ、大いなる悲しみとは……

 再度の長州征討に向けて上洛した家茂に従い、大坂に向かった八郎たち。将軍の親衛隊である奥詰衆として精勤する八郎ですが、大坂生活の間に、町娘を守った弟の義蔵が亡くなるという大きな悲しみを味わうことになります。
 そんな中でも務めは続き、文字通り終生の友人となる人見勝太郎と出会い、そしてまた下の者にも細やかな心遣いを見せる家茂との触れ合いに、八郎は胸を熱くするのでした。

 こうした八郎の大坂での暮らしを描く一方で、本作は江戸の鎌吉を通じて、当時の庶民の視点からも物語を描くことになります。(そして同時に、家族を失った八郎の妹・礼子の悲しみとそこから凜と立ち上がる姿を見せるのも素晴らしい)
 しかし、大坂でも江戸でも、一見緩やかな時間が流れているようでいて、事態は刻一刻と変化し、もはや後戻りできぬ道へ進んでいます。

 この時期、坂本龍馬の奔走によって薩長同盟が成立したわけですが、歴史ものではほとんどの場合、この動きは薩長の側、あるいは龍馬の側の視点で描かれることとなります。しかしそれを幕府側から見るとこうなるか――と思わされる描写も、本作ならではでしょう。
 特に突然歴史の表舞台に顔を出した龍馬の得体の知れなさを八郎たちが語り合うくだりなどは、なるほど言われてみれば、と感心させられます。


 そしていよいよ幕府の、そしてこの物語の終わりの始まりの予兆というべきものが、二つ描かれることになります。一つは将軍家茂の身に生じた異変、そしてもう一つは第二次長州征討として。
 この非常時において幕府を支え、文字通り東奔西走していた家茂が突如胸の異変から倒れる。そして戦力的には楽勝と思われていた第二次長州征討が、惨憺たる展開となる――どちらも、これまで辛うじて堪えてきたものが、一気に崩れていく引き金というべき出来事であります。

 もちろん、それは八郎の身にも大きな影響を与えることになります。長州での劣勢に対して、江戸から行動を共にしてきた親友・中根と本山が、急遽大坂から出陣することになります。また何よりも、最も敬愛する、そしてその身近に仕える家茂の異変が、八郎の心をかき乱さないはずがありません。

 ――そして、ついに「その日」が訪れることになります。非番でも落ち着いて休んでいられず、朝から講武所の稽古場に向かった八郎。そこで彼に、いや彼と同様の想いの奧詰衆に伝えられた言葉――「鷹は飛び立った」。
それが何を意味するか言うまでもないでしょう。
 雨が降りしきる中、その音に紛れて男泣きに泣く男たち――その中にはもちろん八郎も……


 もうこちらも男泣きするほかないエモーショナルな展開ですが、しかし本当に辛いのはこれからであります。

 これまで信じた全てが崩れ去っていく中、八郎の向かう道は――想像するのも辛いことではありますが、しかし最後まで見届けるのが、ここまで見てきたものの務めでしょう。


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