藤田和日郎『黒博物館 三日月よ、怪物と踊れ』第4巻 過去からの刺客と怪物の表情と
『ゴーストアンドレディ』の舞台化も決まり、絶好調の「黒博物館」シリーズ最新作もクライマックス目前。ダッジモント家の舞踏会に参加することになったメアリーとエルシィですが。そこに〈7人の姉妹〉の一人の凶刃が迫ります。そして明かされる、人造人間エルシィの過酷な運命とは……
女王暗殺に送り込まれる暗殺者〈7人の姉妹〉を迎え撃つため、その一人の死体と村娘の頭を繋ぎ合わせて作られたという人造人間・エルシィの教育係を任されてしまったメアリー・シェリー。
エルシィとの数々の騒動を経た彼女は、本番前の予行演習として、ダッジモント家の舞踏会に参加することになります。同行するメアリーの息子・パーシーに想いを寄せるダッジモント家の令嬢の意地悪を辛うじてくぐり抜けたエルシィですが、そんな中で、本当の敵が彼女に忍び寄っていました。
密かに舞踏会に忍び込んだ〈7人の姉妹〉の一人・〈渇き〉(ジャージダ)。「生前」のエルシィに執着するジャージダは、エルシィが本当に過去の記憶を失っているのか探ろうとするのですが――メアリーの友人・エイダをメアリー本人と間違えたことから、エイダの身に危険が迫ります。
そんなエイダを救うため、ジャージダと対峙するエルシィ。しかし同じ技〈月動〉を操りながら精度に勝るジャージダの剣に追いつめられて……
これまで作中で幾度も振るわれてきたエルシィの剣術〈月動〉。地に膝をついた形から回転するという独特のその技は、その絶大な威力で、これまでメアリーたちを救ってきました。しかし今回彼女が対峙するジャージダは、いわば同門(というより「生前」のエルシィから教えを受けた関係)であります。
これまでエルシィが倒してきた田舎のゴロツキとは次元の違う敵に、エルシィが如何に立ち向かうのか――その戦いは少々意外な展開を辿りますが、その中でエルシィの「記憶」という、この先大きな意味を持つ要素が描かれることになります。
しかしエルシィは先に述べたとおり、暗殺者の体に村娘の首をすげたもの。剣技は体に染み着いているということはあるかもしれませんが、しかし自分のものではない首を載せた彼女が、過去の記憶を持つものかどうか……
彼女の正体に対して、エイダがある疑念を抱く一方、メアリーは全く別の悩みを抱くことになります。
メアリーやエルシィとともに、サー・ティモシー邸に滞在するパーシー。そんな中でパーシーとエルシィは、親密の度合いを深めていく(ように彼女の目には映る)のでした。
もちろんそれは、年頃の息子を持つ母親ならではの心配かもしれません。しかし身分や人格以前に、余りにややこしい存在であるエルシィが、メアリーの心をかき乱すことになります。
そんな最中、エルシィの生みの親であるディッペル博士と、メアリーへの依頼主であるダンヴァース大尉との会話を偶然耳にしてしまったメアリー。そこで語られていた、エルシィの肉体に関わる過酷な真実を耳にしたメアリーは……
望まぬ始まりとはいえ、これまでエルシィの教育係として彼女と触れ合い、そして幾度となく彼女に救われてきたメアリー。エルシィとはそれなり以上の関係を築いてきたメアリーですが、その関係を断ち切るような真実を耳にした時、その顔に浮かんだものは何であったでしょうか。
それは主人公にあるまじき、そしてある意味極めて人間らしい表情――それは、これまで幾多の作品の中で、人間の最も崇高な姿と同時に、人間の最も醜い部分をも真っ正面から描いてきた作者ならではのものといえるとかもしれません。いや、正直なところ、ここで描かれた数ページは、作者のこれまで描いてきた中で、最も強烈な描写の一つであった――そう言ってもよいように思えます。
そしてその果てに、自分こそが「怪物」だと自覚した(あるいは思い込んだ)メアリー。ここから彼女は、これまでであれば決して取らなかったであろう行動を取ることになります。
その行動とは何か、そしてそれが何をもたらすのか――いよいよ次巻、大爆発する彼女の想いと、そして明かされる驚愕の真実は必見であります。
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