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2023.07.01

安達智『あおのたつき』第11巻 二人のすれ違った想い 交わる想い

 冥土の吉原から描く人間模様『あおのたつき』第11巻は、かつて心を深く通わせながらもすれ違い、幽明界を異にする二人の女性の物語。ある見世のお職と、そこにやってきた奴女郎と――二人の魂の行方を、あおと楽丸が見守ります。

 鬼助が壊した薄神白狐社も廓番の面々の助けで無事直り、これで何事もなくお盆を迎えられる――という時に、あおの前に現れた傀儡師・魂迎鳥の文目。浮世に届け物をすることができるという文目の言葉に、一度は引き寄せられたものの、その代償に愛しい人との記憶を奪われると知り、あおは辛うじて踏みとどまるのですが……

 と、まだ現世に残った妹への想いに悩むあおですが、その前に新たな遊女の魂が現れます。まるで影絵の指遊びのような、巨大な手を顔代わりにしたその遊女の名は卯月。吉原でも最下級である奴遊女(非公認の遊郭である岡場所から摘発されて吉原に下げ渡された遊女)であります。

 小見世で三カ年の奉公が決まったものの、廓のしきたりがわからないため、周囲からは奴と蔑まれ、嫌がらせやいじめを受けてきた卯月。彼女は、ある晩、見世で筆頭のお職である乙女から声をかけられます。
 客が帰り、一人夜を過ごしていたという乙女から、過去を聞かされる卯月。子供の頃、一人で寝ていた晩に売り飛ばされた過去から、夜一人で寝るのが怖いという乙女に、卯月は二人の手で影絵の兎を作り、独りではないと語りかけます。

 それ以来、卯月は乙女が一人の晩には共に時を過ごし、二人の絆は強く結ばれていくのですが――しかし、卯月に年季明けの時が訪れます。
 何とか残れるよう見世に頼むも、すげなく断られる卯月と、廓から出られる卯月に裏切られた気持ちを抱く乙女。乙女とはすれ違ったまま吉原を出た卯月は、しかしそのすぐ後に……


 これまでも、吉原に生きる人々が抱える様々な想いを――冥土にきてもなお残るようなわだかまりの存在を描いてきた本作。
 そのわだかまりの中身もまたそれぞれですが、かつて心を許し合った者同士が誤解からすれ違い、そのまま永久に別れることとなったというものほど、切なく、やりきれないものはないでしょう。そしてこの巻に収録された「耳塞ぎ」のエピソードは、まさにそのすれ違いと別れの物語であります。

 同じ遊女でありながら、ほとんど全く同じところのない二人が、しかし互いの欠けているものを埋め合い、深く心を通わせていく――そんな姿を丹念に、そして抑制の効いたタッチで描くこのエピソードは、それだけでも感動的ですが、しかしそれだけでは終わりません。
 そもそも卯月が冥土の吉原を――それも奇妙な異形の姿で――訪れる時点で、そこに決定的な別れがあったことはいうまでもありません。そこに至るまでに何があったのか――大いに気になる、しかし知りたくない真実を、本作は容赦なく描き出すのです。
(それにしても、乙女にも明かさなかった卯月の隠し事が明らかになった時の衝撃たるや――既に予想できるものであったにも関わらず)

 しかし、普通の物語では決定的な結末である死も、本作においては終わりではなく、むしろ始まりであります。
 既にすれ違ってしまった、そして文字通り住む世界が違ってしまった二人の想い――それが交わるところに生まれた優しい奇跡は、もちろんあおと楽丸が手助けしたものとはいえ、しかしこの二人だからこそ生まれたものに間違いありません。

 このエピソードのタイトルである「耳塞ぎ」は、身近な者が亡くなった時、亡者に呼ばれて冥土に連れて行かれないように、耳に餅を入れるまじないのこと。作中でも実際に乙女が耳に餅を入れられるのですが、しかしここで指しているのはそれだけでないことはいうまでもないでしょう。
 かけがえないものを失ってからはじめて、己の耳を塞ぐものから自由になる――それは非常に切ないことではありますが、しかしそれでもそこには、一つの希望があることは間違いありません。

 そして本作が、たとえどれほど辛い人間模様を描きながらも、その後に爽やかなものを残すのは、この希望の存在ゆえでしょう。


 ちなみにこの巻には番外編として短編「春待ち醜男」を収録。女好きだけれども相手にされず、彼女いない歴=年齢の男が、偶然薄神と出会ったことで美男に変わるも――という、ほとんど絵草紙の世界から抜け出てきたような、何ともすっとぼけたお話です。
 「耳塞ぎ」とのギャップにひっくり返りますが、それもまた本作の魅力であります。


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