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2023.07.31

羽生飛鳥『揺籃の都 平家物語推理抄』

 平清盛の異母弟・平頼盛を探偵役に、平家物語の世界をミステリ仕立てに描いた『平家物語推理抄』待望の第二弾であります。平家が権力の絶頂から斜陽に向かっていく頃、福原京の清盛邸で起きた四重の怪事件を解決すべく、周囲からの疑惑の目を向けられつつも、頼盛が奮闘することになります。

 1180年、平清盛が、上皇や平家一門の反対を押し切って京から遷都を強行した福原。しかしそこでは夜毎、天狗や化鳥が出没すると噂され、さらに平家の守り神である厳島大明神が神々の議定の場から追放された夢を見たと吹聴する者まで現れるのでした。
 清盛から、その夢を見たという青侍捕縛を命じられた頼盛は、これも一族郎党のためと青侍を追うのですが――雪の日にようやく追いつめた相手は、なんと清盛の屋敷に飛び込んでしまうのでした。

 青侍を捕らえるために屋敷に入る頼盛ですが、時を同じくして、清盛の三人の息子――宗盛・知盛・重衡が、富士川の戦での大敗を報告し、都を京に戻すよう、談判しに現れます。折しも雪が強くなる中、彼ら三人と屋敷に留められた頼盛ですが、しかしその晩に怪事件が――それも幾つも起きるのでした。

 夜空を舞う巨大な化鳥、清盛の寝所から消えた平家守護の刀、そしてバラバラ死体となって発見された件の青侍――さらにその晩、屋敷に滞在していた厳島神社の幼い巫女は「神」を目撃したと語り、屋敷の厩で飼われていた猿は何者かに惨殺された姿で見つかったのです。
 この事件の数々は、青侍を捕らえ損ねたためではないかと、清盛の息子たちから敵意も露わに監視されながらも、謎を解くべく奔走する頼盛。さらに不可解な事件が発生する中、ついに頼盛がたどり着いた驚くべき真実とは……


 前作『蝶として死す』が、年代記スタイルの全五話の連作短編であったのに対し、一冊丸々一つの事件を描く長編である本作。頼盛の物語は、前作で完結してはいるのですが、本作は時系列的を前作の第二話と第三話の間に置いた、一種の語られざる物語として成立しています。

 そんな本作でまず唸らされるのは、時代設定の妙でしょう。本作の舞台となる1180年は、清盛が福原に遷都を強行し、いよいよ人心が平家から離れると同時に、以仁王の令旨によって全国の源氏が蜂起し、その一人・源頼朝と富士川で対陣した平維盛が戦わずして敗走――平家が一気に転落していく、その年なのですから。
 そしてそんな緊迫した状況下で起きるのが、よくぞここまでと言いたくなるような、奇怪かつ不可思議な事件の連続。それも探偵役である頼盛の目と鼻の先で起きた事件ばかりであります。

 そもそも頼盛は、シリーズにおいては始終微妙な立場にあります。清盛の異母弟という立場にありながらも、それ故に清盛に睨まれ、利用され、冷や飯を食らわされ――しかも母・池禅尼が頼朝を助命した過去から、源氏との内通を疑われているのです。
 そんな綱渡り状態から、いつか自由な身となってみせる=蝶になってみせるというのが頼盛の願いですが、本作で描かれる事件は、そんな彼の立場を危うくする内容であります。しかも人が良く気弱な宗盛はさておき、知盛と重衡は執拗に頼盛を疑い、口を開けば嫌みの連発。しかも清盛の家臣まで頼盛を完全に無視――と、なにもここまでと言いたくなるような冷遇が続きます。

 そんなわけでちょっと読むのが辛くなってくる本作ですが、しかし謎解きが始まれば頼盛の独壇場。四重に絡み合った怪事件を、快刀乱麻を断つがごとく(しかも知盛との推理合戦や更なる仕掛けも絡めて)解き明かしてみせる姿には、溜飲が下がります。
 そして何よりも、その謎の真相たるや――こうきたか! と唸りたくなるような巧みななものばかり。奇怪極まりない事件から、意外な、しかし論理的で必然性を持った解を導き出すのが「本格」であるとすれば、本作はまさにその名に相応しいというべきでしょう。

 しかし、本作はそれだけでは終わりません。前作の物語が、いずれも一つの真相の先に、さらに意外な思惑があったように、本作もまた、真相の先に、巨大な一つの意志の存在を描くのですから。その意思とは――「これ」にはそんな意味があったのか! と愕然とさせられるとだけ、述べておきたいと思います。


 苦闘の末に一つの謎を解き明かしても、その先で、自分をさらに上回る存在に苦汁を飲まされる頼盛。しかし彼もそれだけでは終わりません。ラストで描かれるある真実には、蝶になるまでは決して挫けることのない、彼のしたたかな強さが示されているのですから……


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