青崎有吾『アンデッドガール・マーダーファルス 4』(その二)
過去編から構成された『アンデッドガール・マーダーファルス』第4巻の紹介の後編であります。
「鬼人芸」
明治政府の「怪奇一掃」政策の実働部隊として活動する「鬼殺し」チームの一つ、荒屋苦楽率いる部隊に加わっていたかつての真打津軽。気心の知れた仲間六人とともに向かった次の目的地は、鬼が目撃されたという岩手県遠野だったのですが――そこで彼らの前に、見知らぬ外国人が立ちふさがります。
素手の相手に瞬く間に叩き伏せられた津軽たちに待っていた地獄とは……
というわけで本作で描かれるのは津軽の過去。彼のかつてのチームメイトたちは、いずれも一人一芸の達人たち、ロイズともいい勝負ができるのでは、と思ってしまいますが、しかしそんな猛者たちがあっという間に叩き潰されていくのがこの作品世界であります。
鬼の血を注入され、もはや絶望しか残されていない状況で津軽が見るものは――と、そこで回想の形で描かれるのは、彼が鬼殺しになる以前の過去。つまり二つの過去が描かれる本作ですが、それに触れれば、鴉夜をして思考が人外と言わしめた津軽の誕生の理由が、一端なりとも理解できるように思えます。(にしても土転びを相手にした津軽のアクションは異常すぎる……)
しかし冷静に考えれば、悪の科学者に改造され、仲間の犠牲でただ一人脱出を――という仮面ライダーみたいな過去を背負っていて、脱出してやることがアレというのは(如何に敵わぬ相手だとはいえ)、確かに人外の思考というべきかもしれません。
「言の葉一匙、雪に添え」
生まれた時から鴉夜と過ごしてきた駒井静句。先祖代々、鴉夜に仕えてきた駒井家の一員として、この先も家族とともに鴉夜に仕えると思われた静句には、一つの秘めた願いがありました。しかしある晩の襲撃が、全てを狂わすことに……
鴉夜、津軽と来て静句主役の本作で描かれるのは、鴉夜の首から下が奪われ、静句も一族を失ったあの事件に至る物語。駒井家の出自や鴉夜の生活など、伝奇ものとしても面白いのですが――しかし中心になるのは、あくまでも静句の鴉夜への想いであります。
このジャンルについては疎い私であっても、はっきりとこれは「百合」だとわかる本作。特にラスト一ページで明かされる(こういう表現は普段は使わないのですが)クソデカ感情たるや! それは確かに、自分と鴉夜様の間に挟まる似非噺家野郎に殺意を抱いても仕方ないかと……
「人魚裁判」
そして本書のラストは、時系列的には冒頭のエピソードに続く物語。〈鳥籠使い〉の語られざる物語――第一章にて「ノルウェーで人魚にかけられた殺人の嫌疑を晴らし」たとのみ語られていた事件であります。
ノルウェーの古都で行われる<異形裁判>――捕らえられた怪物が人語を発し、無罪を主張した場合に、怪物を被告として審問官と弁護人が争い、裁判長が判決を下すシステムであります。十数年ぶりに行われるこの裁判の被告は地元の名士を殺して食おうとしたとされる人魚、審問官は〈獅子鷲殺し〉の異名を持つ英雄――もはや人魚の有罪は明らかと思われたところに、弁護人として現れたのは、珍妙な三人組で……
というわけで、何と本作は法廷もの。審問官が証人たちから引き出す証言の内容に対して反対尋問を行う――しかし、状況は明らかに被告に対して不利(そもそもこの異形裁判自体が、制度的に出来レース的なものであります)な中で、いかに証言の矛盾を引き出していくか?
人魚の命がかかっているだけに緊迫した展開ではありますが、いつもながらに津軽と鴉夜のボケとツッコミが良い意味で緊張感を損ないます。
それでいて明かされる真相は――なるほど、唸るほかない、きっちりと本格している内容で大満足。以前から名前だけ出ていたルールタビーユが傍聴人として登場、鴉夜以外に彼のみは事件の矛盾に気付いてるという描写にもグッときます。
最後のスゴいオチも決まって、ある意味最も「らしい」物語であります。
以上五編、ミステリ要素は冒頭とラストに集中していますが、いずれも物語世界を補完する、魅力的な物語であることは間違いありません。過去を固めた作品世界でこの先何が描かれるのか、いよいよ楽しみ――というより、続巻を早く読みたいという気持ちで一杯になる、そんな一冊であります。
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