峰守ひろかず『少年泉鏡花の明治奇談録』
実在の有名人が登場するフィクションは様々にありますが、本作の主人公は、まだ15歳の少年時代の泉鏡花。金沢で暮らす「おばけずき」の少年である彼が、現実の(?)怪異に出会うために出向いた先で出会う、怪事件の数々を描く物語であります。
時は明治21年、金沢で人力車夫として働く青年・武良越義信が英語を学ぶために訪れた私塾で出会ったのは、寄宿生にして英語講師でもあるという少年・泉鏡太郎。しかし少々高い受講料に入塾を断念しようとする義信ですが、そこで鏡太郎は奇妙な条件を出すのでした。
それは「怪異な噂」を持ってくること――噂だけでも受講料の支払いを待つし、、さらに本物の怪異に出会うことができればなんと受講料を免除するというではありませんか。実は鏡太郎は無類のおばけずき、何とか本物のおばけに出会うことを夢見ていたというのです。
その条件を呑んで、鏡太郎の下に様々なうわさ話を持ち込む義信。それだけでなく、成り行きから鏡太郎と行動を共にすることになった義信は、この世のものとは思えない出来事に次々と遭遇することになるのですが……
冒頭に触れたように、実在の有名人が登場するフィクションは数多くあり、泉鏡花もまた、その個性的な言動から、様々な作品に登場しています。しかし本作はその鏡花が主人公、しかもまだ金沢に暮らす十代の少年であった頃を題材にしたという点で、非常にユニークな作品であります。
元々金沢生まれの鏡花は、明治21年時点では通っていたミッションスクールを退学し、同郷の教育者・井波他次郎の私塾に寄宿して英語の講師をしていた時期。そこで大好きな小説類を没収されたり外出禁止を言い渡されたりしたものの、しばしばランプの油を買いに行くと称して、貸本屋に通った――という、いかにもなエピソードは、本作にも登場するとおりです。
さて、本作はそんな鏡花、いや鏡太郎が、後年知られるようになるおばけずきぶりを発揮し、金沢で起きる様々な怪奇事件に首を突っ込むことになります。しかしおばけずきの例に漏れず(?)真怪と偽怪の違いにうるさい鏡太郎は、図らずも事件の背後に潜む真実を探偵役として解き明かしていくことになって――という趣向であります。
そんな本作は全五話構成。数々の妖が出没するという化物屋敷、人間を獣に変えてしまうという山中の美女、巫女役が必ず自ら命を絶つという雨乞いの祭、金沢城跡に浮かび上がるかつての城の姿――こうした数々の怪異を描くエピソードには、「草迷宮」「高野聖」「夜叉ヶ池」「天守物語」「化鳥」と題されています。
これはいうまでもなく後に彼が著す名作の数々から取られたものですが、その内容、すなわち鏡太郎が経験した事件の内容とその真実が、後の作品の影響に与えた――という趣向は、有名人(探偵)ものの定番であるものの、やはり楽しいことは間違いありません。
また楽しいといえば鏡太郎のキャラクターで、おばけの話となるととたんに早口で止まらなくなるのも、まず微笑ましい(それが本を引き写したような内容なのは、まあそれはそれで微笑ましさの一部なのでしょう)。
そして何よりもおかしいのは、鏡太郎の年上女性好きであります。自分と同年代の少女には塩対応なのが、高貴で神秘的な雰囲気の年上美女にはコロッと参ってしまうのは――後年の鏡花作品のヒロインを見ればやっぱり納得で――何とも愉快としかいいようがありません。
しかしそれが単なるおかしさだけでなく、鏡太郎というキャラクターの陰影につながっているのもまた巧みな点でしょう。いや、鏡太郎だけでなく、登場人物の多くは、それぞれの形で過去を背負い、そしてその重みに喘ぐ者であることが、物語の中で明らかになっていきます。
明治維新、文明開化の荒波の中で悩む者たちの姿を、怪異を通して描く――作中のその姿は多くの場合、儚さともの悲しさがつきまといますが、それもまた、鏡花を主人公とし、そして鏡花を描く物語ならではというべきでしょうか。
展開的に続編は難しいように思うものの、できればその後の鏡太郎少年の姿を、彼が「泉鏡花」になるまでを描いてほしいという気持ちも、もちろんあります。
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