あさばみゆき『大正もののけ闇祓い バッケ坂の怪異』 水と油の二人が挑む怪異と育む関係性
最近は大正を舞台としたもののけものが少なくありませんが、新たにユニークな作品が加わりました。四角四面な堅物の剣術師範と、見るからにうさんくさげでぐうたらな八卦見という水と油の二人が、数々の怪異に巻き込まれる物語であります。
時は大正初期、目白で父親の跡を継いで剣術道場の師範を務める柳田宗一郎は、自他ともに認める堅物。人付き合いも苦手なために、道場は門弟が一人しかいない状況で、中学校への出稽古で糊口をしのぐ日々であります。
そんなある日、出稽古に向かう途中の宗一郎が出会ったのは、道端で女性相手に商売する八卦見の優男・旭左門。見るからにうさんくさく、いい加減そうな左門に反感を感じる宗一郎ですが、こともあろうに左門は彼の顔を見て「死相が出ている」、さらに「女難」に遭うと告げたではありませんか。
憤懣やるかたなくその場を離れる宗一郎。しかし出稽古の帰り、道場のある「バッケ坂」の入り口で、気分が悪くなった女性・あけ乃を助けた宗一郎は、彼女を家に送っていくのですが――その屋敷から出られなくなってしまうのでした。
時間と空間が乱れたような屋敷に、何やら怪しげな態度を取るあけ乃とともに閉じこめられてしまった宗一郎。しかしそんなところに、屋敷の外からあの左門が入ってきて……
この第一話に始まる本作は、石頭どころか鉄頭と呼ばれるほどの堅物の宗一郎と、ぐうたらでいい加減だけれども人たらしの左門という、何もかも正反対の二人がバディとなって怪異に挑む、全五話の連作集。
すでに文明開化という言葉も過去になったような(しかし自然も十分残っている)大正時代の東京のど真ん中――今でいう新宿区~千代田区、豊島区辺り――を舞台に、現実からちょっと踏み出したところに待ちかまえる不可思議な世界が描かれることになります。
裏山の祠の宝珠を持ち出した子供たちが次々と姿を消していく、夢に現れた猫と言葉を交わすうちに夢の繰り返しに囚われていく――様々なシチュエーションで描かれる怪異の内容も面白い(特にここで挙げた宝珠のエピソードのクライマックスはかなり怖い)のですが、ユニークなのはその発生のメカニズムであります。
本作で描かれる怪異の正体は、左門が語るところによれば、バランスが崩れた氣の異常から生まれた「氣生」なる存在。それはある意味因果因縁を具現化した妖に見えますが――実際に因がなくとも、あると信じることが積み重なれば、そこに果が生まれるというのが実に面白い。
この辺の怪異発生のメカニズムは、近代の都市部ならではのものを感じる――といっては牽強付会に過ぎるでしょうか。
しかしそれ以上にユニークで、本作ならではの味わいを生み出しているのが、宗一郎と左門の関係性であることはいうまでもありません。
性格や生き方は正反対で、生業も剣術家と八卦見と、これも共通点のない二人。そんな凸凹コンビが、それぞれの特技を活かして怪異に挑むというのは、定番ではありますが、やはり大いに盛り上がります。
特に怪異の存在など信じず、文字通り気の迷いと決めつけている宗一郎が、気合いで氣生をどうにかしてしまう点など、実に愉快であります。(しかしこれが実は大きな意味を持つのですが……)
そして正反対の二人が、事件を乗り越えていくうちに互いを理解して――というのも定番ながら、本作はその点を丁寧に描いていくのが実に魅力的です。
宗一郎も左門も、剛と柔が極端すぎて、最初はいささか感情移入しにくい印象を受けます。しかし物語が進んでいくにつれて、ある意味頑なそれぞれの心の中に、一種の綻びがあることに気付いた時――そこに浮かび上がるのは、血の通った人間としての二人の姿なのです。
そしてそれぞれ互いに欠けたもの、互いが持っているものに気付いたとき――そこから生まれる二人の交感は、それまでが水と油だっただけに、感動的ですらあります。
こうして互いを理解し、そしてそれを通じて自分を見つめ直すことで、真のバディとなっていく二人。そんな二人のこれからの姿も、ぜひ見たいと感じるのです。
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