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2023.10.31

高田崇史『江ノ島奇譚』 稚児ヶ淵の真実 高田流時代奇譚

 独自の視点から歴史を再解釈するミステリを得意とする作者の、おそらく初の時代小説であります。今も昔も変わらぬ景勝地・江ノ島を舞台に、破戒僧と飯盛り女が対峙する悪夢の世界とは。稚児ヶ淵伝説を題材に、奇妙な物語が展開します。

 幼い頃から入っていた寺を、自分でも記憶のない理由から出奔し、以来下働きをしながら各地を転々としてきた勝道。今は藤沢宿の茶屋の飯盛り女・お初の間夫となって暮らす勝道は、ある日お初から、どこか大きな寺社にお参りに行きたいと言われるのでした。
 理由を尋ねてみれば、三晩続けて目も鼻も口も耳もない「ぬっぺっぽうみたいな」僧侶に暗闇から手招きされる悪夢を見たというお初。魑魅魍魎の類いは一切信じない一方で、なぜか「ぬっぺっぽう」だけは恐ろしい勝道は、江島明神の弁財天詣でに行くことを提案します。

 何度か坊主の身投げがあったという噂にお初は尻込みしたものの、結局は江ノ島に行くことになった二人。一通り詣でた後、本宮岩屋に向かう二人は、途中の茶屋でかつて起きたという悲恋物語を聞かされるのでした。

 江ノ島への百日参りの最中に一人の美童に目を奪われた、建長寺広徳庵の僧・自休。その稚児が鶴岡相承院の稚児・白菊と知った自休は、恋に狂い、白菊に頻りと文を送ったのですが――自休の想いに弱り果てた白菊は江ノ島から淵に身を投げ、自休もまたその後を追ったというのです。

 その物語の内容にある矛盾を感じつつも、お初とともに岩屋に向かった勝道。その奧で、二人は一心不乱に祈る僧と出会うのですが……


 僧と稚児の悲恋物語として、今なお伝わる稚児ヶ淵の伝説。その内容は上で述べた通りですが、本作は主人公カップルが出会った恐怖を通じて、その伝説の「真実」を語ることとなります。
 面白いのは、勝道とお初の物語の合間に、伝説の一方の主役である自休その人の物語が挟まれることで――少しずつ語られる過去の物語を通じて、「真実」にある種の説得力を与えている構成には、なるほどと感じます。

 その一方で、時として物語の本筋以上にふんだんに語られる蘊蓄の数々は、いつも通りといえばいつも通りなのですが、知らないで読むと違和感を持つ方もあるのでは、とは感じます。
 全体の約三割を、「高田山宗」なる作者の通し狂言「稲荷山恋者火花」の台本が占めているのも(これまた作者らしい内容ではあるのですが)驚かされるところではあります。

 その意味では、作者のファン向けの一冊という印象は強くある作品ではあります。


 冒頭で触れたように、本作は作者初の時代小説(『鬼神伝』はやっぱり歴史ものの範疇ということでしょうか)ということですが、勝道とお初の設定や、二人のやり取りなどはなかなか良い(実質エピローグに当たる「芝居がはねて、江戸の宵闇」の章の情感など)だけに、惜しいような、これはこれでよいような――何とも不思議な味わいの一冊です。


『江ノ島奇譚』(高田崇史 講談社) Amazon

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