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2023.10.23

山本巧次『岩鼠の城 定廻り同心 新九郎、時を超える』 町同心、再び戦国にタイムスリップ!

 江戸の町奉行所同心・瀬波新九郎が戦国時代にタイムスリップして怪事件を解決した『鷹の城』の、まさかの続編であります。再び戦国時代に行ってしまった新九郎が挑むのは、自分たちの先祖が嫌疑をかけられた太閤秀吉の側衆殺し。石田三成から事件解決を命じられた新九郎の推理は……

 江戸南町奉行所・定廻り同心として、今日も常磐津の師匠殺しの探索に忙しい瀬波新九郎。しかしその途中、池に落ちた子供を助けようとした彼は自分も転落、気付いてみれば――そこは関白秀次とその妻妾たちが処刑されたばかりの文禄年間の伏見!
 そこでかつてタイムスリップした際に事件を解決し、その身を救った青野城城主・鶴岡式部が謀叛に連座した疑いをかけられ、憧れの人であった奈津姫も窮地に陥っていると知った新九郎。しかも、式部の家臣の硬骨漢・湯上谷が、主を讒言した秀吉の側衆・田渕を殺した疑いをかけられているというではありませんか。

 実は奈津と湯上谷は自分の先祖、そうでなくとも旧知の相手を放っておくわけにはいかないと考えた新九郎は、石田三成たちによる奈津の詮議の場に潜り込み、湯上谷が下手人とした場合の矛盾点を突いてみせるのでした。
 それが元で三成に認められた新九郎は、湯上谷の無実を証明するため、限られた日数で事件の解決に挑むことになるのですが……


 江戸時代から戦国時代という、珍しい過去から過去へのタイムスリップを用いた時代ミステリとして、唯一無二の作品であった『鷹の城』。内容的に一作限りのアイディアと思われた同作ですが、何とその文庫版の刊行の翌月に、書き下ろしで登場したのが本作であります。
 それにしてもあの内容でどうすれば続編が――と思いきや、前作のラストで語られた鶴岡家の歴史を踏まえて、同家の第二の危機というべき事件を用意してみせたのには感心させられます。(タイムスリップの理屈については、まあ前作同様)

 そして新たに新九郎が挑む事件も、派手さはないもののきっちりとミステリしているのが嬉しいところです。
 田渕が自邸の庭で殺害された当時訪れていた三人の客。それぞれに怪しく感じられる彼らの犯行前後の動きを分析し、そこから生まれる隙間や矛盾を丹念に潰していく――当然の捜査手法ですが、しかしこの時代にそれをある種の経験知を踏まえて実行できるのは、なるほど世界最大の都市である江戸で一種の職業探偵を務めていた町同心の新九郎だけでしょう。

 もちろん事件の方は一筋縄ではいかず、捜査中に新たな事件が、というのもある意味定番ですが、しかし設定が設定だけになかなか盛り上がります。さらに捜査の途中に何者かの刺客に襲われた新九郎を救ったのは、石田三成といえば――のあの人物なのにもニンマリさせられます。

 先に本作の事件には派手さはないなどと書いてしまいましたが、しかしその代わりというべきか、史実の登場人物が幾人も絡み、戦国ものとしての魅力は前作以上という印象がある本作。いや、そもそも物語の発端自体、関白秀次の処刑という史実であることを思えば、本作は歴史ミステリとして実に魅力的な作品というほかありません。
(そうしたマクロな歴史が描かれる一方で、新九郎が自分の先祖の危難に挑むというマクロな歴史の物語であるのも楽しい)

 それにしても気になるのは『岩鼠の城』というタイトルですが――終盤で語られるその意味には、大きく変質していく戦国という時代と、その象徴ともいうべき存在を浮き彫りにするものとして、なかなか巧みといえるでしょう。
 戦国時代の事件が、江戸時代の事件に繋がるという結末も良く、良く出来た変格歴史ミステリというべき作品であります。


 と、前作の続編としても綺麗に終わっている本作ではありますが、これは設定的にもう一作あるのでは……


『岩鼠の城 定廻り同心 新九郎、時を超える』(山本巧次 光文社文庫) Amazon

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