松下寿治『西域剣士列伝 天山疾風記』 小説よりも奇なる破天荒な男・陳湯見参!
前漢の頃、西域に配属された破天荒な漢の武官・陳湯が烏孫王国の姫・星星を匈奴から救ったことから始まる、歴史活劇であります。西域制圧をもくろむ郅支単于に対し、陳湯の剣は、策は及ぶのか。囚われの星星を救うため、陳湯の活躍が始まります。
前漢の頃、元は市井で無頼同然の暮しを送りながら、成り行きから軍に入り、その才を発揮した陳湯。その後、西域との国境を守る西域都護府に配置された彼は、僚友の段会宗と共に、不穏な動きがあるという匈奴を探るため、烏孫王国に向かうことになります。
図らずも、烏孫に向かう途中、烏孫の公主・星星が匈奴の兵に襲撃を受けていたのを発見した陳湯たち。匈奴の将・伊奴毒と兵を蹴散らした陳湯と段会宗は、剽悍な匈奴の王・郅支単于に烏孫が狙われていることを星星から聞かされることになります。
彼女と共に烏孫に向かい、漢に対する期待と反感の入り交じった人々の想いを知る陳湯たち。しかし自分たちの権力争いに汲々とする中央の人間たちが当てにならないのは、何より陳湯が良く知るところであります。
そんな中、郅支単于の策にはまり捕らわれてしまった星星を救わんとして自らも捕らえられた陳湯。牢から脱出して郅支単于の城から星星を救い出そうとする陳湯ですが、郅支単于との一騎打ちの末、深手を負うことに……
本作は、いわゆるライトノベルの古参文学賞である第十三回ファンタジア大賞佳作にして、一般向けでも珍しい、紀元前の西域を舞台とした歴史ものであります。
まず驚かされるのは、本作に登場するキャラクターが、星星のような一部を除いて実在の人物であり、そしてここで描かれる陳湯と郅支単于の戦いも、史実に基づいていることです。
もちろん、本作の登場人物のキャラクター造形が、本作独自のものであることは間違いありません。普段は飄々としてやる気のないようでいて、本気になるととてつもなく強く熱い男である陳湯。その相棒で、弓を持たせれば右に出る者のない段会宗。二人の上官であり、横紙破りの陳湯に毎回振り回される甘延寿……
いずれも実在の人物ながら、本作においては、如何にも歴史活劇らしいキャラ付けの中にも一ひねりが加えられ、遙か二千年以上昔に生きたとは思えない存在感を放ちます。
(特に終盤で描かれる甘延寿の姿には、驚愕と喝采必至!)
そしてそれは、本作における敵方――匈奴方のキャラクターにおいても変わることはありません。
本作最大の強敵であり、凶王と呼ぶに相応しい郅支単于、冒頭以降も陳湯と様々な因縁を持つ猛将・伊奴毒、伊奴毒の義弟である寡黙な黒衣の将・屠墨――いずれも一見いかにもなキャラクターに見えるのですが、しかし作中の巧みな描写によって、一瞬でキャラ立ちさせてみせるのには感心させられます。
しかしある意味本作最大のサプライズは、後半描かれる陳湯の行動でしょう。強大な郅支単于の軍が迫る中で烏孫を救うには、西域の軍を動かさなければならない。しかし辺境の動きに無関心の上、万事事なかれ主義の中央が、すぐに許可を出すはずがありません。だとすればどうするか……
ここでの陳湯の行動は、とんでもないといえばとんでもない、痛快といえば痛快と評するしかないものなのですが――これが実はほとんど史実通りとは!
いやはや、事実は小説より奇なりとはまさにこのことですが、しかしここはもちろん、その事実を選び、小説として面白く描いてみせた本作の功績というべきでしょう。
デビュー作でありながらも、題材選びの面白さとキャラクター描写の巧みさで、いま読んでもなお、ほとんど古びたところのない本作。残念ながら作者は本作の後、一作を発表したのみなのですが――それでもなお、いやそれだからこそ、本作は今なお読む価値があると感じるのです。
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