三好昌子『無情の琵琶 戯作者喜三郎覚え書』
京を舞台に、美と妖と情を描く時代小説を発表してきた作者の最新作であります。戯作者を夢見る呉服屋の三男坊が、不可思議な力を持つ美貌の琵琶法師と出会う時、妖と因縁の物語の幕が上がることになります。
江戸時代中期の京で、周囲の反対にもめげず戯作者を目指す呉服屋の三男坊・喜三郎。しかしある日、父に呼ばれた彼は、酒屋・一蝶堂の娘・千夜に婿入りするように命じられます。
商売上手の美人として知られながらも、許婚になった男が次々命を落としたため「婿殺し」と呼ばれる彼女に恐れをなして、「心魔の祓い」を行う顔馴染みの清韻和尚を訪ねる喜三郎。そこで見知らぬ美貌の琵琶法師の琵琶の音を耳にした彼は、あり得べからざる幻の景色を垣間見るのでした。
その幻はさておき、清韻に自分の縁談について相談する喜三郎ですが、無情と名乗る琵琶法師は、苦しんでいるのは千夜の方であり、彼女を救わなければならないと語り、釈然としないながらも喜三郎は縁談を受ける羽目になります。
その最中に、以前から自分が手に入れようとしていた、主が亡くなって以来閉まっている祇園の芝居小屋・鴻鵠楼を、千夜が買おうとしていると知る喜三郎。さらに鴻鵠楼では、夜毎灯籠に火が灯り、鳴り物の音が聞こえるという怪事が起きているというではありませんか。
なりゆきから千夜とともに夜の鴻鵠楼を訪れることとなった喜三郎は、その怪異を目の当たりにするのですが……
戯作者志望の喜三郎が、不可思議な魔力の籠もった琵琶を手にした琵琶法師・無情とともに出会う怪異の数々を描く、全四話構成の本作。
この第一話「鴻鵠楼の怪」で、無情の琵琶の力で鴻鵠楼の怪異の正体と、千夜の秘めた想いを知った喜三郎は、千夜から鴻鵠楼の再建を任されることになるのですが――その後も様々な怪異に出会うことになります。
かつて子供を拐かされ、探し続けた母親が非業の死を遂げた辻に建てられた地蔵像が壊されて以来、幼子の拐かしが連続する「子隠の辻」
茶道具屋で持ち合わせがないと侍が置いていった刀を抜いた店の嫡男が狂乱して周囲に切りつけ、その後も触れた者を刀が狂わせていく「蜘蛛手切り」
いずれもこの世のものならざる怪異を描く物語でありながらも、しかしその中心にあるのは、異界の魔ではなく人間の情。それだからこそ、物語から受ける印象は恐ろしさよりもむしろ哀しさであり――その中で、自分勝手な若者であった喜三郎は少しずつ成長していくことになります。
そしてそんな彼に対して、直接教え諭すことはないものの、どこか見守り、導く態で接する存在が、無情であります。物語に登場する怪異に秘められた想いを形にし、導いていく彼の琵琶――まさしく「無情の琵琶」が物語を動かすことになります。
しかしそんな無情も、見かけは美貌の若者でありながらも年齢は清韻よりも上であり、時にその長髪が黒から白に、白から黒にと一瞬で変わるという、自身が怪異のような存在であります。
最終話「呼魂の琵琶」では、そんな無情の過去と、ついに再建された鴻鵠楼のこけら落としが描かれるのですが――ここで描かれるもの悲しくも美しい因縁と情の姿は(作者のファンであればある程度予想できる構図ではあるものの)、物語の掉尾を見事に飾るものとして印象に残ります。
実は本作は、物語から十数年後、功成り遂げた喜三郎が、兄に対して秘められた過去の出来事と、そこから生まれた想いを語るという構成を取ります。その上で終章で示される意外な真実も鮮やかに決まる、作者らしい佳品であります。
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