« 東曜太郎『カトリと霧の国の遺産』 少女の見えない将来と幻の街の魔手 | トップページ | やまざき貴子『LEGAの13』第6巻 大団円 繋がりあう人びとの運命 »

2023.11.02

菊川あすか『大奥の御幽筆 あなたの想い届けます』 大奥で過去を乗り越えた少女の新たな御役目

 先日続編が刊行された大奥もの――といっても少々変わったアプローチの作品であります。亡霊が見えるために幼い頃から家族から虐待されてきた少女が、叔母の伝手で入った大奥。そこで彼女は、記憶を失った青年武士の亡霊とともに、大奥を騒がす亡霊騒ぎの陰に潜むものを解き明かすことに……

 生まれつき亡霊が見える目を持つことために、血の繋がった家族から「呪われた子」と蔑まれ、奴隷のような生活を送ってきた里沙。唯一自分の味方であった祖母も亡くなって三年、もう自分の意味を見失いかけていた里沙は、叔母で今は大奥の右筆を務めるお豊から、大奥勤めを誘われるのでした。

 こんな自分でも誰かの役に立てるならば、とその勧めに従い、御年寄・野村の部屋子となった里沙。先輩の部屋子であり気さくなお松と早くも打ち解けることができた里沙は、ほどなくして大奥で奇妙な騒動が起きていることを知ります。
 夜間に長局の巡回を行う御火の番たちが、亡霊の泣き声を聞き、怖がって体調を崩す者まで現れている――幼い頃から亡霊は見慣れている里沙は、自分であれば何かできるのでは、と、亡霊の正体を探ると名乗りを挙げるのでした。

 野村からの許しを得て、御火の番に代わって見回ることとなった里沙ですが、しかしその前に現れたのは、美麗な青年の亡霊・佐之介――記憶を失って長い間彷徨い続け、ようやく里沙に見出された彼は、自分も泣き声の正体探しを手伝うと申し出ます。
 かくて、佐之介と共に見回りを行った里沙は、ついに泣き声の正体を発見するのですが……


 時代ものではメジャーではありつつも、ライト文芸/ノベルでは舞台になりにくい大奥(平安時代の宮中ものは人気なのに)。本作はその比較的珍しい例外であると同時に、大奥の権力争いではなく、そこに生きる女性たちの姿を描くことがメインという点でもユニークな作品です。

 実際、大奥を舞台としつつも、本作に登場するのは、将軍の御台所や側室などではなく、大奥を支える奥女中たち――上は御年寄から下は御末まで、様々な大奥で暮らす「普通の」女性たちの姿が描かれます。
 しばしば、大奥は外の世界とは隔絶した異世界のように描かれます。それはある意味事実ではあるものの、なにもそこで繰り広げられるのは寵愛や権力争いばかりではなく、大半の人間はごく普通に暮らしていたというのも、考えてみれば当たり前の話でしょう。

 とはいえ、それだけではドラマにならないわけですが、本作はそこに外の世界――自分の家族という世界で虐待同然の扱いを受け(そのひどさたるや、いつざまぁ展開になるのか思わず期待してしまうほどですが、人を見返そうなどと思わない里沙の前向きさが素晴らしい)、行き場をなくした少女の再生譚という性格を与えています。
 大奥に入った女性それまでの名前を捨て、女中としての名を名乗ります。それを一つの再生の象徴として――この辺りは主人公の里沙というよりも、もう一人別のキャラクターを通じた部分が大きいのですが――描いているのに感心させられました。

 もちろん、過去を捨てるのが良いことばかりではありません。物語の核心に触れるために詳細は述べられないのですが、本作の亡霊――本作には佐之介のほかにもう一人亡霊が登場するのですが、佐之介同様に過去の記憶を持たないこのもう一人の正体は、まさにこの捨ててきた「過去」に関わるものなのですから。

 しかし、仮に捨ててきた「過去」を思い出し、埋め合わせをしたくとも、幽冥境を異にする人間と亡霊では言葉を交わすことはできません。それではどうすれば相手に想いを伝えることができるのか? そこで里沙に与えられる役目には、なるほど! と大いに納得させられました。
(ただ、御火の番に亡霊の声が聞こえていたということを考えると、クライマックスの展開に「おや?」となる部分もあるのですが……)

 親から名前を呼ばれることなく育った少女が、新たな名を得ることでその過去を乗り越え、他人のため――いや人と亡霊の心を救うために奮闘する。本作はその姿を真っ正面から描いて見せた物語なのです。


 こうして大奥での生活を始めた里沙ですが、彼女を支える佐之介の正体はまだまだ謎のままですし、周囲の人々にも秘められたドラマがある様子。先日発売された続編も、いずれ紹介したいと思います。


『大奥の御幽筆 あなたの想い届けます』(菊川あすか マイクロマガジン社ことのは文庫) Amazon

|

« 東曜太郎『カトリと霧の国の遺産』 少女の見えない将来と幻の街の魔手 | トップページ | やまざき貴子『LEGAの13』第6巻 大団円 繋がりあう人びとの運命 »