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2023.11.18

高瀬理恵『暁の犬』(その二) そして青年が辿り着く先を変えたもの

 鳥羽亮『必殺剣二胴』の高瀬理恵による漫画化『暁の犬』の紹介の後編であります。原作の流れを忠実に追いながらも、しかし原作とはまた異なるテイストを見せた本作。それを相良が象徴している意味とは……
(以下、原作及び本作の終盤の展開に触れる部分がありますので、ご注意下さい)

 さて、この相良は、原作にも登場しているキャラクターであります。原作でも藩と佐内との繋ぎ役であり、そしてクライマックスでは自ら前線に出る人物であることは変わりませんが――しかしもちろん(?)衆道趣味はなく、そしてその点を除いても、佐内とそこま絡みが多いわけではありません。

 その一方で本作の相良は、どうしても佐内を口説くシーンが印象に残りますが、しかし彼が佐内に対して語るのは口説き文句だけではありません。
 剣の道に悩み、二胴の剣士の影に怯え――怯え、苛立ち、大きく揺れる佐内に対して、相良は、時に冷静に、時に茶化しながら言葉をかけます。それは、剣術以外はどうにも危なっかしい佐内を、からかいつつも世慣れた兄貴分として諭すような態度であり――そしてそんな相良に容赦ない反撃をしながらも、佐内も強ばりが解け、一人の青年として、自然な姿を見せるようになるのです。

 いわば本作の相良は、佐内の懐に入り込むことで、佐内の剣士以外の――いうなれば人間としての顔を引き出しているといえるでしょう。


 そして、佐内が他者と接する中でその関係性を、そしてそれに伴って彼の人間性すら変化されるのは、相良の場合のみに限りません。
 刺客という裏の顔を持つ剣士として、おしまのような親しい人間に対しても、どこか壁を作って接する佐内。いや、それどころか、何故自分が刺客として生きるのか、何のため生きるのか――それすらも考えられぬ人物として、彼は描かれます。しかし幾多の死闘をくぐり抜け、そしてその最中で――自分の正体を知る者、知らない者を問わず――周囲の人々と接するうちに、佐内が少しずつ人間性を獲得していく様が見て取れます。

 それは例えば、自分に対して一途な愛を捧げる満枝(それが決して流されてのものでなく、自分の意思と覚悟を持って行っていることが、わずかな描写で浮き彫りされるのが素晴らしい!)に対して、己の想いを露わにする姿に――そしてまた、決戦を前に、それまでの戦いの中で命を落としていった者たちの名を挙げ、自分の斗いを見届けてほしいと益子屋に対して告げる姿に、はっきりと現れているといえるでしょう。

 本作の原作である『必殺剣二胴』は、極めてドライな、ハードボイルドタッチの小説であります。佐内は剣士であると同時に、孤独な刺客であり、そして最後までその苛烈な生き方をほとんど変えることはありません。
 その一方で本作は、始まりは同じでありながらも、佐内と人々の間で通う情の存在を描くことにより――つまりある意味ウェットな関係性を描くことを通じて、佐内という青年の変化、成長を描くのです。

 そんな原作と本作の違いは、その結末において明確となります。死闘の末に闇の中に終わる原作と、暁の光を迎えて終わる本作と――ほぼ同じ設定で、同じ展開を辿りながらも、二つの物語が結末を大きく違える(第六巻の二割程度を占めるエピローグは、実は丸々オリジナルの内容であります)ことになった所以は、この佐内と周囲の人間の関係性の変化であると、いってよいかと思います。


 発端となった人物――歴史に名を残す人物にとっては、血で血を洗う抗争も「いささかのまごつき」であり、「さしたる事は」ないのかもしれません。そして佐内たちは、あくまでも金で雇われた走狗に過ぎないのでしょう。
 しかしそうであったとしても、そして名もなき剣士に終わるとしても――佐内にとってこの闘いがかけがえのないものであったことは、それを最初から最後まで見届けた人間にとっては、大きく頷けることでしょう。そしてそれを描ききった本作が、かけがえのない物語であるということもまた。

 剣術描写・人物描写の妙と美麗な画(各巻の表紙絵の美しさよ!)、そして原作を踏まえつつそこからさらに踏み込んでみせた物語展開――時代小説を原作とした漫画が数ある中でも、最良の漫画化の一つであると同時に、作者にとっても現時点での最高傑作というべき逸品であります。


 にしても、最終巻のおまけページは衝撃の展開というべきでしょう――たとえ暁を迎えても、闘いは続くのであります。人生という闘いは……


『暁の犬』(高瀬理恵&鳥羽亮 リイド社SPコミックス全6巻) 第1巻/ 第2巻/ 第3巻/ 第4巻/ 第5巻/ 第6巻


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