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2023.11.13

桃山あおい『新月の皇子と戦奴隷~ダ・ヴィンチの孫娘~』 荒くれ娘、知と技術でサバイバル!?

 Web漫画サイト「くらげバンチ」で公開中の歴史漫画――16世紀のオスマン帝国の宮廷で、ダ・ヴィンチの孫娘を名乗る少女が、破天荒な活躍を繰り広げる快作であります。帝国の後継者争いで揺れる宮廷に放り込まれることになった少女が、そこで出会ったのは……

 故郷のハンガリーを襲ったオスマンの軍勢に捕らえられ、奴隷にされた少女・エイメ。故あって初めに送られた宮殿から追い出された彼女は、ルート皇子の住まうエディルネの宮殿の後宮に送られることになります。
 そこで思いもよらぬ後宮での豊かな暮らしを目の当たりにするエイメですが、自分たちの故郷から収奪されたものなど食べられないと反発し、宮殿の庭で暮らし始めるのでした。

 そこで雀を捕るため、師匠であったレオナルド・ダ・ヴィンチ譲りの知識で速射式弩をハンドメイドで作り出したエイメ。早速その弩で、宮廷の女中・カメリアが烏に取られた指輪を取り戻したエイメですが、その直後、そのカメリアが弩で殺害され、エイメは下手人として獄に繋がれるのでした。

 もはや処刑を待つばかりとなったかに見えたエイメのもとを訪れ、直々に尋問するルート皇子。その前で思わぬ形で無実を証明してみせたエイメを、皇子は自分の部屋に招き……


 自分の身一つ以外全てを失った主人公が、己の知恵と技術と機転でチャンスを掴む――後宮もの(に限らずサクセスストーリー)の定番パターンであります。
 本作もその一つではあるですが――しかし、本作に大きな独自性を与えているのは、エイメの強烈な個性でしょう。奴隷の身分でありながら侵略者であるオスマンの世話にならないと宣言、宮殿の庭で勝手にサバイバルを始めるというバイタリティ溢れる冒頭の展開には度肝を抜かれます。

 しかしそんな彼女の行動に成算を与えているのが、師であり「じいちゃん」であるダ・ヴィンチの発明というのが面白い。フィクションの世界では何かと便利に使われがちなダ・ヴィンチの発明ですが、なるほど、こういう切り口があったか、と感心させられます。
 そして、明らかに荒くれ系のキャラであるエイメが、「知」「技術」を武器とするのも、また面白いのです。

 しかし彼女の言動は周囲の人間には斬新すぎて理解出来ないのに対して、実はルート皇子のみは――というのも、定番ではありますが、物語にうまく取り入れられていると感じます。
 当時はさまで知られていなかったダ・ヴィンチの存在を異国に在りながら知っていた皇子(ここでダ・ヴィンチがボスポラス海峡の金角湾の橋造りに名乗りを上げていたという史実を引くのが上手い)。実は彼自身が技術に深い関心を示し、時にエイメを上回る人物で――という展開から、エイメが己に足りない部分を悟るのも、巧みというべきでしょう。

 まあ、エイメは最後までエイメらしく荒くれなのですが……


 一頃に比べれば扱う作品は増えてきた印象はあるものの、まだまだ作品数は少ないオスマン帝国。そこにこのようなユニークな切り口で、そして何よりも漫画として楽しく描いてみせた本作ですが――読み終えて驚いたのは、読み切りであったこと。
 このまま第一話でも全く違和感がないだけに、ぜひこの先を読んでみたい、連載化してほしいと思います。


 最後に野暮を承知でルート皇子のモデル探しですが――作中でエイメが、ダ・ヴィンチが亡くなったのに伴い、ハンガリーに帰ったところを捕らわれたと語っているところを見れば、物語は1519年から遠くない時期(もしくは同年)、この時期のオスマン帝国皇帝といえば、1520年に26歳で即位したスレイマン1世がおります。

 スレイマン1世とルート皇子の生い立ちは色々と異なっておりますし、何よりもルート皇子が後に皇帝になるとは限らないのですが――学問や芸術を好んだとされる皇帝の傍らにダ・ヴィンチの孫娘がいたとすれば、それは実に胸躍ることではないでしょうか。


『新月の皇子と戦奴隷~ダ・ヴィンチの孫娘~』(桃山あおい くらげバンチ掲載) 掲載サイト

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