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2023.11.26

モーリス・ルブラン『奇岩城』(その二) カエサルからルパンへ! そして青春時代は終わる

 アルセーヌ・ルパンものの代表作『奇岩城』の紹介の後編であります。少年探偵ボートルレが見つけた謎の紙片に記された暗号。それが示すものとは……
(作品の終盤の展開に触れることになりますのでご注意下さい)

 それは遙か古代から続く王者の証、そして神出鬼没の怪盗紳士・ルパンの力の源だった――そんな途方もない展開を、本作は見せることになります。いうまでもなく、それが「奇岩城」こと「空ろの針」なのですが、その正体がまた、最高に伝奇的としかいいようがありません。

 カエサルからヴァイキングの王、イギリス王家からフランス王家へ――歴代の王者たちの権力の源であったと言われる「空ろの針」。その秘密は徹底的に秘匿され、かの鉄仮面が幽閉されたのも、ジャンヌ・ダルクが火刑に処されたのも、この秘密を知ったためだった。そしてその秘密は、処刑寸前のルイ16世からマリー・アントワネットに託されて――と、伝奇者であれば確実に体温が上がる設定ではありませんか。
(さらにこの秘密は、ルブランの作品世界を貫く「カリオストロ四つの謎」の一つという、さらにたまらない設定も後に追加されることになります)

 ルブランの作品が、しばしば歴史趣味に彩られていることはつとに指摘されるところですが、むしろこれは伝奇趣味というべきでしょう。史実を知れば知るほど、この辺りはテンションが上がってしまうのです。
 そしてその巨大な流れを「カエサルからルパンへ」という言葉で表すセンスよ!


 しかし、実はこの「空ろの針」こそが、これまでのルパン物語の背後に存在する大秘密だった――と、大河ドラマ的趣向までここで描かれることになります。そう、実に本作は、これまでのルパン物語の総決算、一つのピリオドという意味付けすら感じられるのです。

 それはこの「空ろの針」の秘密もそうですが、登場人物の点でも、その印象が強くあります。ルパンの宿敵・ガニマール警部、ルパン物語の語り手「わたし」、そしてイギリスの名探偵シャーロック・ホームズ(と訳されるエルロック・ショルメ)、さらには乳母のビクトワールといった、お馴染みの面々が次々登場するのは、やはりシリーズものの醍醐味でしょう。
 しかし実はこのうち、ビクトワール以外の三人の登場は(後付け的に登場したケースを除いて)これがラスト。ルパン物語の初期を――「怪盗紳士」のイメージを固める時期を――飾った三人の退場は、一つの区切りを強く思わせます。

 いや、退場するのは彼らだけではありません。ルパンその人も、ここでその怪盗紳士としての人生を終えようとしていたのですから。
 終盤、ついに「空ろの針」の謎を解き明かしたボートルレの前に現れるルパン(ここでそれなりに予想できるとはいえ、衝撃の展開が用意されているのが心憎いのですが、それはさておき)。ボートルレに「空ろの針」の秘密を、そして自分自身の戦果を、ルパンは語ります。まるで全てをボートルレに伝え残すように……
 それもそのはず、実はある理由から、ルパンは怪盗紳士としての自分の半生を擲とうとしていたのであります。

 つまりまさに本作は(結果としてどうであったかはともかく)ルパンにとっては一つの大きな区切りとなる物語――そしてその物語を語るのに、ルパン自身やこれまでルパンに接してきた者ではなく、全くの第三者だったボートルレを選ぶというのは、これまでのルパンの物語を俯瞰する上で、大きな意味があったと感じます。
(そしてルパンが、ボートルレと敵対しつつ、どこか教え諭すような態度であったことも頷けるのです)


 しかし物語は、あまりに突然の、そして思わぬ悲劇でもって幕を下ろすことになります。この結末は、色々な意味でどうにもやりきれないのですが――しかしある種の因果を感じさせるこの結末以外、この物語の結末はあり得なかったのもまた事実でしょう。
 この後、ルパンは、もう一つのピリオドというべき雄編『813』が控えているわけですが――どこか野望に憑かれた彼の姿を見ると、ルパンの青春時代は本作で終わったのだな、と感じさせられるのです。

 この辺りの感覚は、間違いなく大人になって初めて感じられるもので、ぜひ子供の頃に本作に親しんだ方は、もう一度読み返してほしいと思います。


 それはさておき、ホームズファンとしては結末には一言もの申したくなるわけですが――いや、ここであの「大役」を果たせるのは、彼だけだというのは理解できるものの。


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