高瀬理恵『暁の犬』(その一) 美麗に、そして凄絶に――漫画で甦る必殺剣
鳥羽亮の『必殺剣二胴』を、『公家侍秘録』『江戸の検屍官』をはじめとする時代漫画の名手・高瀬理恵が描いた『暁の犬』の最終巻・第六巻が刊行されました。かつて自分の父を斬った謎の秘剣と対峙することとなった刺客にして剣士・小野寺佐内の戦いを、美麗に、そして壮絶に描く物語であります。
剣術道場を営む一方で、刺客として金で人を斬るという裏の顔を持つ小野寺佐内。いつものように口入れ屋の益子屋の依頼である武士を斬った佐内は、その後、標的と同じ唐津藩士であった依頼人が、腹を真っ二つに裂かれた死体で発見されたことを知ることになります。
その死体の有様が、かつて何者かに斬殺された父と同じだったことに衝撃を受ける佐内。彼同様、刺客稼業を営んでいた父が、生前に同じ唐津藩と縁があったことを知った佐内は、謎の剣客を斬る依頼を引き受けるのでした。
そして藩の徒目付・相良から、唐津藩の国元に据え物斬りの秘剣「二胴」が伝わると、聞いた佐内。秘剣の遣い手が父の仇と睨んだ佐内は、その候補者である三人の藩士殺しを併せて請け負うことになります。
老中の座を目指す藩主・水野忠邦の思惑を巡り、藩論が二分されているという唐津藩。その一方の依頼を受けたことで、争いの渦中に身を置くこととなった佐内は、同じ益子屋の下の刺客仲間と共に、標的を片付けていくのでした。
そんな中、満枝という美しい許嫁を得ることとなり、戸惑う佐内。しかし御家騒動と二胴を巡る争いはさらに激化し、佐内の周囲は血で血を洗う様相を呈することに……
本作は、原作小説『必殺剣二胴』から、幾つか設定(例えば本作の唐津藩は、原作では架空の藩であり、御家騒動の内容も異なります)を変えつつも、原作の登場人物や主な内容に「ほぼ」忠実に漫画化した作品であります。
一撃必殺の秘剣・二胴の正体は、姿なきその遣い手は何者なのか、そして佐内は二胴を破ることができるのか? そんなミステリ要素を持つ剣豪ものとしての興趣と、金で雇われる走狗である佐内たち刺客のハードな生き様と――二つの要素を持つ原作を、本作は巧みに漫画として再構築しているといます。
そんな本作の魅力の一つは、言うまでもなくその剣戟シーンの凄まじさであります。冒頭からラストまで、数多くの流派の剣士・刺客たちが、様々なシチュエーションで死闘を繰り広げる本作ですが、その一つ一つが凄まじい迫力と緊迫感に満ちた、まさしく「死闘」。
もちろん、作者が剣戟を描くのはこれが初めてでは決してありませんが、剣戟シーンをメインとするという印象はなかっただけに、嬉しい驚きというほかありません。特にラスト二戦の、台詞を極限まで省いての剣戟描写は、こちらも息を呑んで見つめるほかない凄まじさが強烈に印象を残します。
しかし本作の魅力はそれだけではありません。次々と命が奪われていく殺伐とした物語でありながらも、いやそれだからこそ、登場人物は皆活き活きとした存在感を持って感じられます。
その筆頭が主人公である佐内であることはいうまでもありませんが(ちなみに彼が役者のような美青年というのは原作由来)、しかし読者にとって最も印象的なのは、おそらく相良ではないでしょうか。
佐内たち刺客に敵対派の暗殺を依頼してきた江戸家老の懐刀であり、佐内との繋ぎ役ともいうべき相良。当然と言うべきか切れ者であり、いかにも食えないやり手なのですが――しかし衆道趣味という彼の一面こそが、強いインパクトを残します。
刺客とは思えぬ美形である佐内を一目で気に入り、以後、事あるごとに彼に粉をかけようとする相良。一歩間違えるとイロモノになりかねないキャラクターですが、しかし衆道趣味はあくまでも彼の一面、上で述べたような様々な顔を同時に見せることで、何とも複雑で、魅力的な人物像を作り出しているのであります。
そしてこの相良の存在は、ある意味この『暁の犬』という漫画の、原作から離れた独自性を象徴しているのですが――長くなりましたので、次回に続きます。
| 固定リンク