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2023.11.06

石川賢&夢枕獏『アーモンサーガ 月の御子』 古代印度の英雄、平安京に現る!?

 夢枕獏の初期の名作・印度怪鬼譚シリーズを、あの石川賢が漫画化した作品であります。古代インドで、象にも勝る怪力を誇る豪傑アーモンと、おつきの老仙人ヴァシッタが、様々な怪異に挑む原作でしたが――本作の舞台は平安時代の日本。らしいといえばらいしですが一体何が!?

 月がやけに大きく見える晩、魔物が出るという平安京の羅生門に突如現れた奇怪な魔物と、それと激しい戦いを繰り広げる異国の戦士・アーモンとその従者・ヴァシッタ。夜毎人を惑わすという盗賊バッダカの晒し首を肴に酒盛りをしようとしたアーモンは、魔物と化したバッダカに襲われ戦いを繰り広げていたところ、時空を飛び越えて平安京に現れてしまったのであります。

 倒されたものの、月の王の意思に沿い、アーモンをこの世界に連れてきたと満足げに散ったバッダカ。はたしてその直後、アーモンやその場に集まった盗賊たちに、奇怪な傀儡たちが襲いかかります。激闘の末に傀儡師の正体を見破り、これを倒したアーモンは、傀儡師が「かぐや姫」なる存在に仕えると知ったアーモン主従は、月を追って旅立ちます。

 途中、羅生門で共に戦った元罪人・阿座土と再会し、旅を共にすることとなった主従。阿座土の故郷で、恐るべき魔物の襲撃を受けた一行ですが、そこで阿座土は半人半獣の意外な姿を現します。
 実はかつて桃太郎と共に鬼ヶ島の鬼を滅ぼした供のうち、犬一族の末裔だった阿座土。しかし犬の一族は桃太郎に逆らい、皆殺しにあったのです。

 そして今は妖天童子と名乗る桃太郎の元にかぐや姫が現れると知ったアーモンたちは、桃太郎の下に向かうことに……


 『闇狩り師』(なんと「小学四年生」連載)と並び、石川賢による夢枕獏作品の漫画化である本作。しかしここまで紹介してきたように、その内容は、原作からは大きく飛躍したものとなっています。
 そもそも原作の舞台は古代(おそらくはブッダのいた頃)のインド、平安時代の日本とは単純に考えても千年は離れています。それが(作中の理由ではなく)何故――と考えてももちろんわからないのですが、しかし、妙に違和感がないのもまた事実であります。
(石川賢も「羅生門」「新羅生門」「桃太郎地獄変」と描いていますし……)

 特に筋骨隆々で、いかなる魔物にも己の身一つで挑むアーモンの肉弾アクションは石川賢の自家薬籠中のもの。その中でも桃太郎戦は、不死身の相手にも負けない、いや不死身だからこそ容赦がしない攻撃といい、身も蓋も容赦もないフィニッシュといい、本作のクライマックスの一つを見事に飾っています。
 もちろん、石川賢ならではの、魑魅魍魎としか評しようのない魔物たち(空間に満ちた魔物というか、魔物の満ちた空間というか)の迫力は、言うまでもありません。

 言ってみれば、原作の設定から感じた(というか何というか)違和感を、画のパワーで圧倒してしまった――そんな作品であります。


 しかし面白いのは、これだけとんでもないことをやっているようで、意外に原作を拾っていることであります。
 冒頭でアーモン主従が平安時代に現れるきっかけとなったバッダカの首見物のくだりは原作の「人の首の鬼になりたる」に忠実ですし、傀儡の襲撃は「傀儡師」のエッセンスが、そして阿座土の故郷での悲劇は「夜叉の女の闇に哭きたる」をほぼそのまま取り入れ――と、驚くほど原作由来の描写、展開を取り入れているのです。
(そのほか、阿座土ら中盤に登場する獣人たちも、原作の要素かと思います)

 もっとも、その割にアーモンは、原作よりもだいぶ紳士寄りというか、荒っぽさが薄れた(より王子寄りの?)キャラ造形なのが、ちょっと不思議ではありますが……


 しかし本作の最もユニークな点は、ラストに明かされる、かぐや姫がアーモンを狙う理由でしょう。実は×××だったかぐや姫(という設定も色々な意味で驚きますが)が、わざわざ平安時代の日本にまでアーモンを引き寄せた、その理由は……
 正直なところ、伝奇ものやファンタジーものでは結構あるパターンなのですが、おそらくは石川賢の作品ではかなり珍しいもの。しかもこれは原作由来ではないというのに、一番驚かされました。

 原作を踏まえつつもそれを飛び越え、全く新しいものを描く――口にすれば簡単ですが、実際には難しいそれを達成してみせた本作。必読とはいいませんが、今ではeBookJapanの電子書籍で気軽に読めるので、興味をお持ちの方はぜひ。


『アーモンサーガ 月の御子』(石川賢&夢枕獏 イーブックイニシアティブジャパン) eBookJapan


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