安達智『あおのたつき』第12巻 残された二人の想いと、人生の張りということ
ついに電子書籍と紙の書籍が同時発売となり、絶好調の『あおのたつき』、この第12巻のメインとなるのは、あお=濃紫が亡き後に現世に残された人々の物語。濃紫に恋していた幇間の猪吉と、その猪吉に恋する濃紫の同輩・夕顔。すれ違う想いの行方は……
かつて吉原の三浦屋にその人ありと知られながらも、生き別れの妹を救おうと逸った末に、間夫の権八の手にかかって命を落とした濃紫。妹に対するわだかまりを抱えた末に彼女が冥土の吉原で取った姿があおというわけですが――この巻のメインとなるエピソード「通い猫」では、彼女亡き後の吉原が舞台となります。
密かに濃紫に恋し、時にはその足抜けをフォローしながらも、結局は彼女を救うことができず、死に至らしめてしまったことに深い悔恨の念を抱き続ける猪吉。一方、濃紫の同輩であり、最も彼女と近しい間柄だった遊女の夕顔は、密かに猪吉に想いを寄せていたのですが――それがもはや押さえきれなくなった末に、客を取れない状態になってしまうのでした。
いまや三浦屋を背負う身の夕顔にやる気を起こさせるために、店に因果を含められた猪吉は、夕顔を床に入ることになるのですが……
かつて恐丸の試練の中で明かされたあおの過去。それはどうにもやり切れない、あまりにも救いのないものでしたが――しかし彼女の死後も、苦界に身を置く者たちは生き続けなければなりません。
今回描かれるのは、まさにそんな者たちの物語――それも、店の幇間と遊女の禁断の恋の物語であります。
いうまでもなく、店の者(店に出入りする者)と遊女の色恋沙汰はきつい御法度。明るみに出れば制裁の対象となるものですが――しかし、禁じられたくらいで押さえられるはずもないのが恋の炎というもの。ましてや当事者の二人は、濃紫という故人を失い、大きな喪失感に苦しめられる者たちであります。
といってもここで複雑なのは、二人の関係が、夕顔が恋する猪吉にその気はなく、猪吉が恋するのは亡き濃紫であるという、一種の三角関係というか、二重の一方通行であるということであります。
それでももはや己の想いを隠すことなく滾らせる夕顔の姿には、これまで本作の中で描かれてきた数々のキャラクターの中でも、ある意味最も生々しいパワーを感じさせられる――というより、ただただ圧倒される、というほかありません。
もはや行き着くところに行っても止まりそうにない――そしてその果てに待つのは、破滅しかない――と思われた夕霧。そんなを止めることができる人物はといえば、言うまでもないでしょう。
己の想いと己の所業との板挟みになった果てに、冥土の吉原に迷い込んだ夕顔と、顔をつきあわせることとなったあお。
そこで彼女が語る言葉は、ある意味その場しのぎなのかもしれません。しかし人生はその場その場の連続。そしてそれが長い人生に張りを与えるのであれば、それは一つの救いと言うべきでしょう。
結局何一つ変わらない、変えられない、それでも――このエピソードのラストで夕顔が見せる粋で艶やかな姿には、重荷を背負いながら、それでも立つ人間の張りが感じられます。
吉原を舞台とする本作において、最も現世に近かったエピソード――異色作であると同時に、本作らしい物語であったと感じます。
この巻にはその他に単発エピソードとして、冥土の吉原の盆祭りを舞台に、亡き祖父を探して現世から迷い込んでしまった幼子を描く「誰そ彼縁日」を収録。
幼子の微笑ましいわがままぶりや、祖父を慕う姿だけでなく、盆祭りに駆り出される廓番衆の姿が何とも微笑ましい、ホッと一息つけるエピソードであります。
そして巻末には長期連載名物というべきか、登場キャラクターの人気投票結果を掲載。第一位はなんと――なのですが、記念漫画で描かれる姿が何ともはや……
そういえば以前もこんな姿が描かれたことがあったような気もしますが、いやはや普段から物語の緊迫感を和らげてくれる存在だけに、ここでもしっかりその役目を果たしているというべきなのかもしれません。
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