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2023.12.14

泰三子『だんドーン』第1巻 幕末の川路利良、奔走す!

 交番を舞台に女性警察官たちの姿を描いた『ハコヅメ 交番女子の逆襲』の泰三子の新作は、意外にもというべきかなるほどと言うべきか、「日本警察の父」川路利良を主人公にした物語。何故か藩主・島津斉彬に愛される川路と、空気の読めない男・西郷隆盛のコンビの奔走が始まります。

 下級中の下級武士の家に生まれながらも、他人の想いを読み取る察しの良さをはじめとする才を藩主・島津斉彬に愛され、幼い頃から側に仕えてきた川路利良。
 時あたかも黒船が来航し、日本中が大きく揺れている中――ナポレオンのような英雄によって人々の心を一つしたいと考えた斉彬は、空気が読めないことで有名な庭掃除係の西郷吉之助をその英雄に仕立て上げることを、川路に命じるのでした。

 その後も西郷と共に斉彬から様々な密命を命じられる中で、情報戦や政治工作の才を発揮していく川路。やがて川路と西郷は、将軍継嗣問題で対立する井伊家、そして井伊家の忍び・多賀者と対峙することに……


 「明治時代に警察が出てきたら藤田五郎か川路利良と思え」と言われているという(というか私が言った)川路利良。それだけ歴史ファンの間には知られている人物ではありますが、やはりまだまだそれ以外の方には馴染みのない人物なのでしょう。
 いや、かくいう我々も、上で述べたように、川路といっても明治時代の大警視としての知識・知識がほとんどで、幕末の川路についてはあまりに知るところが少ないことに気付きます。

 本作はそんな川路の幕末時代を描く物語――といっても基本はコメディであります。やたらとノリがよく、そのノリのままに無茶振りしてくる斉彬の命にため息をつきつつも、何を考えているかわからない西郷と共に何やかやで解決(しないこともある)していく川路――そんな彼の奮闘ぶりを、本作はテンポよく描き出すのです。
 といっても舞台は幕末動乱の時代、斉彬の命というのもそれに相応しく、やたら明るく下される割には裏仕事が多く、冷静に考えると笑い事ではないのですが――それをなんだか面白いことをしているようにキャラのリアクションで描いてしまうのは、これは本作のアレンジの巧さというべきでしょうか。

 しかしそんな中で描かれる歴史上の人物たちの姿は、時にハッとさせられるほど本質を掴んでいるように感じられるところで――特に川路と並んでほとんど主人公格の西郷が折りに触れて見せる得体のしれなさは、実際には不明な部分の多いこの「英雄」の正体を見せられたようでゾクゾクさせられるのです。
(「短刀一本でカタがつく話じゃごわはんか?」という言葉の異常な迫力よ)

 といっても中には、「貝合」の道具を手に入れろと言われて、壮絶な勘違いをしてしまった挙げ句、よりによって四ツ目屋に行ってしまうという、普通考えてもやらないような話もあったりして――しかもさすがの井伊の赤鬼も目を逸らす最低のオチ――全く何が飛び出すかわからない作品であります。


 もちろん、面白おかしいだけでは終わりません。将軍継嗣を巡る島津家と井伊家の争いは、当然のことながら表だけでなく裏の世界でも繰り広げられ、川路の前には、井伊家の忍び・多賀者が立ちふさがることになります。

 この多賀者のナンバー2が長野主膳というのがシビれるのですが、その更に上に立つ頭の「怪物」タカのキャラクターは、まだ出番が少ないながらも強烈に印象に残ります
 はたして川路はこの怪物に打ち克つことができるのか――それがある意味物語の最初の山場になるのではないでしょうか。

 おそらくは物語の結末であろう西南戦争までは、まだまだ長い時間があります。そこまでに何が描かれるのか、何が飛び出すのか、楽しみにしたいと思います。
(やはり川路史上最も良く知られたエピソードであるところの、海外視察の時のアレを如何に描くかが、一番気になるわけで……)


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