伊藤勢『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第5巻 朱雀門の出会い 博雅と夜叉姫
「現在」京で起きる怪事の起源というべき「過去」――二十年前の物語もいよいよ佳境となり、この巻では、俵藤太と平将門の死闘が、ついに決着。そして「現在」に戻った物語の中では、意外な二人が意外な形で出会うことになります。この巻の表紙を飾る二人が……
跳梁する奇怪な賊や魔物たち、夜毎続く悪夢、自分の意志を持つ疽など、京を騒がす様々な怪事。そのいずれもが、二十年前の平将門の乱に繋がっていくことに気付いた晴明と博雅は、将門を討った俵藤太に、その戦いの模様を訊ねることになります。
かつての好漢ぶりとは打って変わった、心身共に魔人と化した将門。配下に魔物も加え、そして七人の影武者を用いる将門に、さしもの藤太も苦戦を強いられることになります。
しかも藤太の剛力でも打ち破れぬ、人間離れした肉体を持つ将門を持つ絶体絶命の窮地に、藤太に思わぬ救いの手が……
と、前巻に比べれば「史実」に近い展開となった二人の死闘の決着ですが、それはあくまでも比較的という意味。決着がついた後の展開とその壮絶な描写は、この奇怪な戦いにある意味相応しいものであったというべきでしょう。
そしてそんな中で語られる俵藤太の複雑な心中は、これまでにも近い内容が語られていたかと思いますが――ここで藤太と並べて博雅の存在を描く視点には唸らされました。
そしてこの巻では、これまで以上に博雅の存在がクローズアップされることになります。
これまでの成り行きを見つめてきた晴明が、いささか中二病的に黒い表情を見せ、この京に守る価値はあるかなどと考えていたところで、その答をも止められた博雅の答えは――黒さ全開の晴明をあっさりとたじろがせるほどの、暴力的なまでに無意識の善意に満ちているのですからたまりません。
お前本当にそういうところだぞ! とツッコみたくなるほどの、博雅の博雅らしさには、もうニッコリするほかありません。
しかしこの巻の博雅の最大の見せ場はこの先にあります。いつもの如く(?)笛を吹きながら夜の京をそぞろ歩く博雅がたどり着いたのは朱雀門。そこで笛を手にした鬼面の美女と共に笛を奏でた博雅は、彼女と笛を交換して、さらに心ゆくまで笛を楽しむことに……
と、これはいささかアレンジはされていますが、(当の『陰陽師』によって知られることになった)博雅の数ある逸話の中でもよく知られる、鬼と名笛・葉二を交換した話にほかなりません。
実は作中では博雅視点でなく、「鬼」視点で始まっており、彼女が朱雀門の鬼を訪れたことにも理由があるのですが――ここで印象に残るのは、純粋に心から音楽を楽しむ博雅の姿と、そしてその博雅と鬼女の二人が奏でる音が生み出す奇瑞の様でしょう。
そしてこの短くも(鬼女にとっては結構長い)濃密な時間の末に二人の間に通った感情がなんであったか――それはこの時点ではまだ名付けようもないものではありますが、しかし本作における葉二に新たな意味が与えられたこと、そしてその葉二を博雅が見事に吹き鳴らしたことを思えば、その先に待つものはある程度予感できます。
しかしこの出会いのくだりは――先に述べたように博雅の逸話を引きつつも――原作にはない、本作オリジナルのエピソードであります。
これまで描写の点では原作を大きくアレンジしつつも、物語展開においてはほぼ忠実であった本作。それが、ここまで大きく踏み出したか――と驚かされると同時に、原作ではさほど接点があった印象のない二人を、こうして結びつけてみせるかと、その違和感のなさも含めて感心してしまうのです。
さて、物語の向かう先を大きく変えそうな出会いが描かれた一方で、謎を解くための晴明と博雅の探求は続きます。この巻のラストで二人が向かう先は浄蔵上人のもと――おそらくは一連の事件の謎を解く手掛かりに最も近い人物との出会いによって、いよいよ物語の謎は解けるのでしょうか。
『瀧夜叉姫 陰陽師絵草子』第5巻(伊藤勢&夢枕獏 KADOKAWAヒューコミックス)
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