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2023.12.04

『名探偵の生まれる夜 大正謎百景』(その一)

 つい先日、第六回細谷正充賞を受賞したユニークなミステリ、大正時代を舞台に、実在の有名人が探偵役を務める作品を中心とした全八話の短編集であります。様々な事物が大きく変化していった大正時代、そこに生きた人々が見たものは……

 青柳碧人といえば、『浜村渚の計算ノート』シリーズ、最近では『むかしむかしあるところに、死体がありました』の昔話シリーズと、ユニークな趣向のミステリを得意とする作家という印象があります。
 本作も、大正時代を舞台に、有名人を探偵役にしたミステリという点では極めてユニークではありますが、一種の時代伝奇ものとしても、あるいは歴史小説としても読み応えのある作品が収録されています。

 収録された全八編は基本的に全て独立した作品ですが、それぞれに魅力的な作品であるため、一作ずつ紹介させていただきます。


「カリーの香る探偵譚」
 岩井三郎の探偵事務所に、探偵志願で乗り込んできた学生・平井太郎。国外追放処分になりながら行方をくらまして話題となっていたインド人活動家・ボースの行方はどこか、という課題を出された平井は、三日でボースを探すと飛び出していくのでした。
 インド人といえばカレーと、最近何故か店からカレーの香りがするようになった新宿中村屋に潜入する平井ですが……

 本作は平井太郎――後の大作家が、日本で姿を消したインドの独立運動家ボースの行方を追う一編。その知名度や作風のためか、日本で有名人が探偵役を務める作品に登場する率がかなり高い人物が主人公だけに、どんな謎解きが展開されるのか、冒頭から胸躍ります。
 といっても本作は、一種の素人探偵もの――素人が見当違いな推理で事件に首を突っ込んで周囲を混乱させる――といった味わいで、大いに事態をかき回してくれます。

 ところが史実を知る者にとっては、「おや?」という展開になるのですが――ここで本作の巧みな仕掛けが機能します。史実を活かしつつも、ミステリとしても捻りを加えた、本書の巻頭に相応しい一編であります。


「野口英世の娘」
 若き日の米国滞在中に知り合い、意気投合した星一と野口英世。帰国して実業家として大成した一は、医学者として名を上げた英世の帰国費用を出して迎えることになります。
 しかし帰国した英世の前に現れたのは、彼の娘を名乗る少女。かつて英世と一夜を共にした女の子供だという少女が騙りではないかと疑い、素性を調べる一ですが……

 星新一の父であり、日本の製薬王と呼ばれた星一が、野口英世と親交があったことは、意外と知られていないのではないでしょうか。一方、英世が、かなり破天荒な人となりであったことは、こちらは比較的知られているかもしれません。
 本作はそんな二人の史実を踏まえて描かれる物語。まあ英世であれば隠し子がいてもおかしくなさそうですが、その真偽を見破るというのは、この時代ならではの難題でしょう。その難題が、とんでもないところから解決する展開が愉快であります。

 結末は、一見甘いように見えるかもしれませんが――一と英世の過去が、新たな未来への希望に繋がっていく結末は、爽やかな後味を残します。


「名作の生まれる夜」
 「赤い鳥」創刊のための作品集めに奔走する鈴木三重吉。芥川龍之介に声をかけた三重吉は、はかばかしい反応を見せない龍之介の気を引くため、自分の家の近所で起きた出来事を語ります。
 二年間磨き清めた檜の板に願い事を書いて奉納すれば、願い事が叶うという神社。恋に悩んでいた男がこの神社に願ったところ、男が世話していた亀の弔いをしたことがきっかけで、恋が実ったというのです。しかし話を聞いた龍之介は、意外なことを言い出し……

 分量的には本書の中で最も少ないものの、ミステリとしての完成度としては、最も高いのではないかと思われる本作。
 日本の児童文学を語る上で欠かすことができない「赤い鳥」誕生前夜を舞台に、日常の謎――というより、身近のふとした出来事の中に、ある種の人間心理の存在を見て取る芥川龍之介の鋭い視線は、まさに名探偵というに相応しいものでしょう。

 この推理がある名作に繋がって――という趣向も(定番とはいえ)楽しく、本作のタイトルが、本書のそれのベースとなったであろうことも納得の名品であります。


 次回に続きます(全三回予定)


『名探偵の生まれる夜 大正謎百景』(青柳碧人 KADOKAWA) Amazon

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