相田裕『勇気あるものより散れ』第5巻 激突、過去を背負った眷属二人
不老不死の民・「半隠る化野民」と、その眷属に選ばれた剣士たちの物語はいよいよ混迷の度合いを深めて展開していきます。妖刀・殺生石を巡り相争うことになった不死の兄妹の戦いは、藤田五郎たちも加わって大混戦。その中で激しくぶつかり合う眷属二人の対決の行方は……
母を不死の運命から解き放つため、化野民を殺す力を持つ妖刀・殺生石「華陽」を奪って逃避行を続けてきた九皐シノと鬼生田春安。しかし争奪戦の末に華陽を手に入れたシノの兄・生松と眷属の鵜飼菊滋は、母の解放を政府に要求して政府高官へのテロを開始することになります。
この凶行を止めるため、図書掛の山之内は山川浩に推薦された藤田五郎と組んで生松を追跡。さらに殺生石を取り戻すという目的自体は同じである、シノと春安とも協力することに……
かくて、政府内で化野民の対応を行ってきた図書掛の実働隊長というべき山之内と、その図書掛と幾度となく激突してきたシノと春安――この巻では、その双方が、まさに呉越同舟というべき形で協力して共通の敵に挑むことになります。
さらにそこに藤田五郎が加わり(完全に無関係だったのに巻き込まれた彼こそ、いい面の皮ですが……)、向かうところ敵なしと言いたいところですが、しかし相手もただ者ではありません。
何しろ生松も菊滋も神道無念流の達人――かつてシノと生松、春安と菊滋は、それぞれ蒸気船の上で激闘を繰り広げ、辛うじて引き分けとなった間柄であります。特に生松と菊滋が操る立居合の秘剣・アマツバメは、まさに必殺というべき豪剣です。
山之内と藤田が加わっての四対二とはいえ、この巻の前半で展開する全く先が見えない激闘。その中でも圧巻は、春安と菊滋の激突であります。
ともに人間時代から名うての剣士であり、人間としての死を迎えてもなお、化野民の眷属として強固な忠誠心と使命感に突き動かされる二人。しかし一方の春安は戊辰戦争で各地を転戦した過去を持つ一方で、菊滋の方の実戦経験は――と思いきや、実は彼は実在の人物だったというのに驚かされます。
鵜飼菊滋の本名は鵜飼幸吉――史実では元水戸藩士であり、戊午の密勅を届ける使者となったことを以て、安政の大獄で唯一獄門に処されたという人物。それが本作においては、処刑の直前に見せた技を生松に見いだされ、その眷属にして師として、彼の近くに控えることとなったというのであります。
敵味方様々なキャラクターが入り乱れる本作においては、単純な善人・悪人というのは基本的に存在しません。存在するのは、それぞれに過去を背負いながらも、それでも現在を生きようとする者たちであり――その姿がキャラクターたちに、ひいては物語に厚みを与えているといえます。
そしてその構図は、やはりどうしても史実を背負った実在の人物の方が、より印象的なものとなります。その意味では、この巻の菊滋は、完全に春安を食っていたといってもよいでしょう。
(特に春安とその主であるシノの場合、最大の目的が生松たちの行動によって阻まれ、敵であった山之内と組んだことで、ある意味行動が迷走している点も大きいのですが……)
その一方で、生松とシノの姉である煙花が、今回ついにその実力を発揮する場面があるのですが――彼女の場合、そうしたキャラの重み付けがまだ描かれていないためか、絵空事感の方が先立って感じられるのは、いささか残念なところではあります。
物語の方はいよいよ敵味方が入り乱れ、先が見えない展開となってきましたが、キャラ配置的にも、少しでも薄さを見せたキャラはたちまち他のキャラに食われる印象があります。
その意味でもはたして誰が生き残るのか、油断ならない作品であります。
(そしてその中で盤石の史実を背負いつつも、矢鱈と立ったキャラを見せる藤田の「強さ」よ……)
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