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2024.01.11

宮本福助『三島屋変調百物語』第2巻

 宮本福助による、宮部みゆきの『おそろし 三島屋変調百物語事始』の漫画化、第二巻であります。おちかが聞き手となって始まった奇妙な百物語のうち、この巻では「凶宅」の中盤以降と「邪恋」全編を収録。そこでおちかは聞くだけでなく、ついに自ら語ることに……

 ある事件をきっかけに、実家を離れて叔父の伊兵衛が営む江戸の袋物屋・三島屋に身を寄せるおちか。ある日、伊兵衛の代わりに来客の応対をすることになったおちかは、そこで曼珠沙華を異様に恐れる客の過去に秘められた物語の聞き役となります。
 その出来事をきっかけに、不思議な話を知っている人間を集めて、おちかに相手から話を聞かせる場を作ると言い出した伊兵衛。戸惑いを感じながらも、その最初の客を迎えたおちかですが……

 という形で、ついに始まった三島屋変調百物語。しかしその最初の物語「凶宅」の時点で、大きな波乱を招くことになります。

 その最初の語り手であるおたかという美しい女性が語るのは、かつて自分が経験したというお化け屋敷の物語であります。
 ある日偶然足を踏み入れた屋敷で、番頭から珍しい木製の錠前の鍵をこしらえてほしいという依頼を受けたおたかの父で錠前直しの辰二郎。彼から相談を受けた錠前職人の清六親方はその錠前を預かるも、何かに取り憑かれたようになった末に、錠前を火に焼べてしまうのでした。

 その謝罪に屋敷を訪れた辰二郎は、そこで番頭から、思わぬ提案をされることになります。一年間、一家でこの屋敷に住んでくれれば百両やろう、と。周囲からは反対されながらも、百両という大金に動かされた辰二郎に引っ張られ、その屋敷に住むことになったおたかたちでしたが……

 と、明らかに危険で異常な状況に、おちか同様、読んでいるこちらも身構えてしまう物語ですが、おたかの語りは思わぬ結末を迎えることになります。しかしもちろん物語はそこで終わりではありません。おちかに対しておたかが告げる言葉をきっかけに、物語は思わぬ方向に向かっていくのですから。

 この先については詳細は伏せますが、ここで語られるのは、幽霊屋敷もの怪談でも有数の恐ろしさを持つ、時代劇版シャイニングともいうべき物語――あまりにも恐ろしく忌まわしい物語であります。
 そして原作の時点で猛烈に怖いこの「凶宅」ですが、本作は内容を原作に忠実に描きつつ、しかしそれ以上の恐ろしさを加えてみせます。それを生み出したのは人の表情――第一話の「曼珠沙華」でも唸らされたその描写が、本作においても存分に活かされているのであります。

 特に原作では特に怖いと思わなかったある部分が、そこで表情を描かれると爆発的に恐ろしいものとなる――ほとんど不意打ち状態のそのシーンには、思わず涙目になってしまったほどであります。


 そしてこの表情の妙は、続く第三話「邪恋」において、さらに効果を発揮することになります。おちかが聞き手ではなく語り手として登場するこのエピソードは、冒頭からほのめかされてきた彼女の過去に起きた事件――彼女の心に消せない傷を残した事件を描くことになります。

 川崎宿の旅籠・丸千の娘として生まれ育ったおちか。彼女の周囲には兄の喜一と、幼い頃から共に育ってきた松太郎がいました。
 ある寒い冬の晩、街道沿いの斜面に引っかかっていたところを助けられた松太郎。己の過去の事をほとんど全く語らないものの、丸千で家族同様に遇されてきた彼に、おちかは恋心を抱いていたのですが――しかし同じ宿の旅籠の息子・良助との縁談が持ち上がった時に、彼女は家族の真意を知ることになるのです。

 特に超自然的な出来事が起きるわけでもないこの「邪恋」ですが、しかしそこでは時にそれよりも遙かに恐ろしい人の情――それも悪意などではなく、時に善意とすら見えるものの存在が描かれることになります。
 この辺り、原作者が得意とするところではありますが――本作はそれが静かに積み重ねられた末に、ついに不幸な形で爆発する様には震えが来るばかりであります。

 しかしそこにあるのは恐怖だけではありません。同時に強くこちらの心に突き刺さるのは、どうしようもない哀しみ――ふとしたすれ違いから取り返しのつかない状況に追い込まれていく人間という存在への哀しみであります。
 特にここでのもう一人の主人公というべき、松太郎が終盤で見せる表情たるや……


 というわけで、とにかく今回も圧倒されるばかりだったこの漫画版。原作は残すところあと二話ですが、そのクライマックスを如何に描くのか――いよいよ期待は高まるばかりなのです。

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