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2024.01.28

泰三子『だんドーン』第2巻 新たな出会いと大きな悲劇 原動力を失った物語?

 日本警察の父・川路利良の若き日の姿を描く、見た目コミカルその実シリアスな歴史漫画の第二巻であります。斉彬と共に島津に帰った川路に迫る、井伊家の隠密の頭領・怪物タカ。川路は彼女を阻むことができるのか、そしてその後も続く暗闘の行方は――川路を新たな出会いと大きな悲劇が待ちます。

 その才を藩主・斉彬に愛され、西郷隆盛を英雄に仕立て上げることを命じられた島津藩士・川路利良。敬愛する主君の無茶振りに応えるべく奔走する川路は、斉彬の政敵である井伊直弼方と数々の暗闘を繰り広げることとなります。
 そんな中、斉彬の参勤交代に同行して国元に帰った川路と西郷。しかしそれと前後して、井伊家の隠密・多賀者の頭領で怪物と異名をもつ女・タカも潜入していて……

 作中でもタカ自身が「生きては帰れぬ薩摩飛脚」と語っているように、時代劇界隈では忍びに対するガードが異常に堅いことで有名な薩摩。そこに単身あっさりと潜入してしまうタカは、まさに怪物というべきでしょうか。
 しかしそこはさすがに薩摩、というより川路であります。この怪物を罠にはめ、むしろあっさりと捕らえた手腕は、警察は警察でも公安警察の方では(そりゃナポレオンに対するフーシェになれ、などと斉彬に言われるわけで)――というのはさておき、ここは川路の方が上手と思いきや、ここからタカの恐ろしさが描かれることになります。

 川路の詮議を飄々と躱し、周囲の薩摩武士たちを煙に巻くタカ。その不気味なまでの余裕を支えるもの、彼女の背後にいた存在は――なるほどそう来るか! と意表を突かれる存在です。
 これまで斉彬が大好きすぎる川路視点で描かれてきただけにうっかり忘れていましたが、当時の薩摩は決して一枚岩とはいえない状況――斉彬はむしろ父の斉興から疎まれ、それが御家騒動を起こしたほどだったのであります。
(しかしあの人物は騒動の後に死んだと勝手に思いこんでましたが、普通に生きていましたね……)

 そしてその対立の中で西郷を罠にかけたのが、あの小松帯刀! と、流れるように次々と、当時の薩摩周辺の状況、そして人物を――コミカルでキャッチーなネタを散りばめつつ――投入し、物語を成立させているのには感心させられます。
 この先の展開も含めて、描かれている内容は陰湿な暗闘、斉彬言うところの「きたねー政治工作」が大半にもかかわらず、妙にあっけらかんとした味わいがあるのは、この語り口の巧みさにあるというべきでしょうか。


 しかしこの先に待ち受ける「史実」は、さすがにギャグで誤魔化したり流したりするわけにはいきません。そう、川路と西郷が敬愛する人物であり、彼らを動かし、彼らもその期待に応えるべく動いてきた人物が、ここで退場するのですから。
 言い換えれば物語を動かしてきた原動力が失われてしまったという、わずか二巻にして大ピンチの状況から如何に川路たちが立ち上がるのか? それを描くくだりは、ギャグをふんだんに織り交ぜながらも、しかし十分に感動的で――そしてさらにそこからある史実に繋げていくのですから嘆息するほかありません。

 そして弔い合戦とばかりに多賀者を向こうに回して繰り広げられる――そして何故か「俺ちょっとやらしい雰囲気にして来ます!」なことになる(敵側が)――デッドヒートの末に勝利を収めたかにみえた川路たち。
 しかしその先にまつものは――いやはや本当に油断のできない物語であります。


 それにしても、前巻登場した「島田」が、あの島田左近だったとはうかつにも気付かず――史実を思うと、薩摩サイドだけでなく、「敵」方の今後にも気になってしまうところです。


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