鳥羽亮『剣狼の掟』 剣豪が人を斬る者であった頃の物語たち
今なお時代小説界のトップランナーの一人である鳥羽亮の、比較的珍しい短編を集めた作品集であります。作者のシリーズキャラクターによるハードな剣豪小説を中心とした全五編が収録されています。
1990年に江戸川乱歩賞を受賞、デビュー当初の現代ミステリから、1994年の『三鬼の剣』以降は剣豪ものを中心に、時代小説で活躍を続ける鳥羽亮。ここしばらくの時代小説界のトレンドを反映してか、長編(連作短編)が圧倒的割合を占める作者ですが、本作はその中でも独立した作品、シリーズの外伝的作品を中心に収録されています。
個人的に楽しみにしてたのは、なんといっても「人斬り佐内 秘剣腕落し」――タイトルだけでピンとくる方もいるかと思いますが、昨年大団円を迎えた高瀬理恵による漫画『暁の犬』の原作『必殺剣「二胴」』と主人公を同じくする物語です。
江戸で相次ぐ、腕を斬られた辻斬り事件――それが自分の富田流居合術の秘剣・腕落しを意識したものではないかと考える道場主と刺客の二つの顔を持つ小野寺佐内。その前に現れた材木問屋を名乗る男・藤兵衛は、正規のルートを経由せずに佐内に高砂の森蔵なるやくざの親分を斬るよう依頼するのでした。
依頼が深川を巡る縄張り争いに関するものと知った佐内は、かつて道場を訪れた一刀流の使い手・斎藤十左衛門が辻斬りの下手人であり、森蔵側に雇われているものと推測。首尾良く森蔵は斬ったものの、十左衛門が現れなかったことに不審を抱く佐内ですが……
『必殺剣「二胴」』に先立つ1995年に雑誌掲載され、アンソロジーに収録された本作。よく読むと「二胴」とは別ユニバース(?)の物語なのですが――佐内の面倒を見る口うるさいおしまや、名前のみの登場ながら益子屋の存在、そして下戸で役者のような風貌の佐内と、馴染みのある設定となっています。
そして何よりも、剣で人を斬る刺客を生業とすることに半ば自嘲的でありながらも、剣客としての意地と闘志を失わない佐内のキャラクターは、この時点で完成していることがわかります。(おそらくは本作がパイロット版的位置づけなのでしょう)
そして物語の方も、作者の初期の作品らしく、ミステリ的な一ひねりも二ひねりもある内容。はたして辻斬りは十左衛門なのか。何故彼は現れなかったのか。そして彼の秘剣・鳥影と腕落しの対決の行方は……
剣客としての決闘に加え、刺客としての落とし前をつける佐内の姿も印象的で、ハードボイルドともノワールともいうべきハードな物語であります。
(そしてこれも同じ作者で漫画化してもらいたい……)
その他印象に残ったのは、市井の試刀家にして介錯人(時々刺客)でもある狩谷唐十郎が登場する「首斬御用承候」。唐十郎は長編主体の「介錯人・野晒唐十郎」シリーズの主人公ですが、本作は独立した短編です。
名刀の収集家である幕府の役人・横瀬外記から、養女を連れて逃げた家臣・八郎左衛門を斬ってほしいと依頼された唐十郎。しかも外記の持つ備州長船で、という条件に違和感を持ちつつも、唐十郎は心隠刀流の達人である八郎左衛門と対決することに……
そんな剣客同士のハードな対決に加え、複雑な人の心理に彩られた、ひねりの入った物語展開が魅力の本作。そしてその中で、介錯人にして試刀家という立場から意地を貫く唐十郎の姿が、痛快ですらあります。
また、2016年発表と収録作中一番新しい「怒りの簪」は、山田浅右衛門の高弟・片桐京之助が、首を斬ることになった死罪人の女から、激しい怒りの言葉と共に簪を託されたことから始まる物語。
真相自体はあまり意外ではありませんが、そこにたどり着くまでの丹念な積み重ねと、その上で京之助が選ぶある意味スマートな決着の付け方が、印象に残ります。
その他、実在の剣豪・秋山要助を主人公にした『剣狼秋山要助 秘剣風哭』の一編であり、宿場町で泥臭く殺し合う剣客たちを描く「剣狼」、時代ミステリ『波之助推理日記』の一編であり、相次ぐ幽霊の出現と大金の盗難の謎を解く「幽霊党」の、全五編が収録された本書。
ここしばらくのトレンドでは、剣豪ものもだいぶマイルドになった印象がありますが(「怒りの簪」の内容はそれを踏まえたものといえるかもしれません)、それ以前の昏くギラギラとした剣豪ものを――剣豪が人を斬る者であった頃の物語を、久々に見せてもらった思いです。
『剣狼の掟』(鳥羽亮 角川文庫) Amazon
関連記事
鳥羽亮『必殺剣「二胴」』 人斬り剣士が辿り着いた先
高瀬理恵『暁の犬』(その一) 美麗に、そして凄絶に――漫画で甦る必殺剣
高瀬理恵『暁の犬』(その二) そして青年が辿り着く先を変えたもの
| 固定リンク