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2024.01.16

田中啓文『医は仁術というものの 十手笛おみく捕物帳 二』

 ぴーひゃらとにぎやかで痛快な、捕物活劇の待望の続編であります。普段は飴売り、しかし事件が起きれば不思議な十手笛を手に目明かしとして活躍するおみくの物語、今回は人形浄瑠璃と歌舞伎の全面対決の間で起きた人形による歌舞伎役者殺し(?)を描く中編をはじめとする、二編が収録されています。

 数年前に目明かしの父を何者かに殺され、病身の母・ぬいを、笛で客寄せをする飴売りで養うおみく。ある時、彼女は父をはじめとする人々を殺めてきた「見越し入道」の存在を知ることになります。
 ぬいや老同心・江面可児之進、そして先祖代々伝わる仏像の中にあった十手笛から現れた謎の精霊・垣内光左衛門らに助けられ、見事に見越し入道の正体を暴いた彼女は、それからも十手笛を手に事件に挑むことに……

 という基本設定の本シリーズですが、本書に収録された中編「鬼小町譽華十手」は、外題調のタイトルにも表れているように、大坂の演劇界を舞台とした、なかなかにユニークなエピソードであります。

 ある日飴売りの最中に、女目明かしを名乗る女性が、男たちとにらみ合っているところに出くわしたおみく。同業の存在に喜びつつ助太刀に馳せ参じてみれば、実は彼女は人形浄瑠璃作者の横縦衣織――女目明しを主人公とした人形浄瑠璃「鬼小町譽華十手」の狂言を書くため、立ち回りを工夫していたという彼女に、おみくは協力することになります。

 しかし、完成した衣織の台本が、手違いで歌舞伎の座頭・大谷雉右衛門引き渡されてしまったことで大騒動が起きることになります。「鬼小町譽華十手」を上演するのは人形浄瑠璃か歌舞伎のどちらなのか――お互い一歩も譲らぬ言い争いはエスカレートしていきます。
 ついに荒っぽい人間の多い歌舞伎側が人形浄瑠璃の芝居小屋に乱入、売れっ子役者の嵐烏三郎が、人形を刀で斬るという事件が発生。件の人形を持って直談判に乗り込んだ人形浄瑠璃の座長・竹本色太夫を鼻であしらった烏三郎ですが――あろうことかその後、人形の頭が載せられた彼の死体が発見されて……

 という、あたかも人形に役者が噛み殺されたかのような、怪奇風味の殺人事件を描くこのエピソード。しかしそれだけでなく、ミステリとしてもきっちり面白いのが心憎いところであります。

 憎まれ役のボンクラ同心・斧寺伊右衛門に下手人と決めつけられて捕らえられた色太夫。どうしてもそれを信じられないおみくは、彼のアリバイを立証するために奔走することになります。
 はたして色太夫のアリバイは立証できるのか。地道な捜査から真実が浮かび上がっていくのですが、しかしそれがなんと――とここから先はちょっと書けないのですが、ミステリとして、おっ! といいたくなるような仕掛けが用意されているのに驚かされました。

 そしてそれと負けるとも劣らぬこのエピソードの魅力は、当時の大坂の人形浄瑠璃と歌舞伎を取り巻く状況と、それを受けての演劇人たちの想いの描写にあると感じます。
 かつては歌舞伎と比べものにならない人気を誇ったものの、今では逆転され、凋落の一途を辿る人形浄瑠璃。今は人気を独占しているものの、演目がマンネリ化し、人気役者も江戸に取られて下り坂となった歌舞伎――そんな状況を変えようとする人々の意地のぶつかり合いが、物語の背景にはあります。

 そんな意地の掛け違いが悲劇を生み、そして史実をなぞった些か物悲しい結末を迎えることになるのですが――しかしその先にもう一つの史実を描くことで希望を見せるのにもグッとくるところです。


 もう一編の表題作「医は仁術というものの」は、廻船問屋の主人がスズメバチに刺されて死んだことから始まる事件を描きます。

 このエピソードの縦糸横糸になるのは、かつて同じような形で人が死んだ際に、事件性を立証できなかった苦い過去を持つ江面可児之進の姿と、ぬいの治療をきっかけにおみくが出会った二人の対照的な医者の存在。
 ミステリ的にはトリックはストレートなのですが、そこにいくつもの人の情を絡め、サブタイトルに収斂させてみせるのは、さすがというべきでしょう。


 今回の二つのエピソードは、いずれも人死には出るものの、それでもどこかカラッとした味わいを感じさせます。それはもちろん、明るくにぎやかなおみくのキャラの妙と、作品にその彼女の成長物語としての味わいがあるからでしょう。
 正直なところ、今回は垣内光左衛門の出番が少ない(もちろん要所要所でいい仕事をするのですが)のがちょっと残念ではありますが、こちらは次回に期待するとしましょう。


『医は仁術というものの 十手笛おみく捕物帳 二』(田中啓文 集英社文庫) Amazon


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